【閲読注意:著名作家パロディ】夏目漱石風、主人が歯科医院へ行って親知らずを抜きおった
パロディ小説『吾輩はトイプードルである』
吾輩はトイプードルである。
名前はまだない。
どこで生まれたのかは、トンと見当がつかぬ。
吾輩が、はじめて飼い主を見たのは、変な物に乗せられて、ずいぶんと旅をした後であった。
後で聞くと、その飼い主、ブログという奇怪な世界に両足突っ込んだ種族で、アメリッシュとかいう。ブログ界内でも指折りのアホな種族であるようだ。
しかし、当時はなんとも考えなかった。
アホというものが、どういう生態をしているのか知らなかったからだ。ただ彼女の手のひらにのせられてスーッと持ち上げられたとき、なんだかふわふわした感じがあったばかりである。
しこうして、数年が過ぎ去るのは早かったと言わざるおえない。
まことに、年月というものは情に棹(さお)さして流されていく。
いつしか、この生活に慣れた頃、おのが犬であることを、ようやく忘却しはじめた頃である。それのみか、吾輩はトイプードルというより、人間世界の一人だと思う折さえあるくらいに進化していた。
ある日である。
この女主人、なにかに苦しんでいることを知りえた。
左側の頬を奇妙に歪ませたり、時に、叩いたりしている。奇怪なることこのうえない。
吾輩がわかるくらいだから、当然
「どうしたのかね」と、その様子を怪訝がった、家人が尋ねた。
「歯がね、奥歯が痛むのよ」
「歯医者へ行ったらいかがでしょうか」
「気のせいなのよ」
「気のせいではないと思うがね」
「たぶん、このところ忙しかったから、気のせいで歯が痛んだけです」
この家に来て1年が過ぎており
このような韜晦(とうかい)が、主人の得意技であることを知っておる。
しかし、物事が主人の思うようには進まないのが、この世界の常であり、翌日、限界に達したのか、観念して歯科医院に向かった。
吾輩をひとり留守番にしておくことは忍びないとか、無用のお節介で犬用キャリーバッグに入れられ、ともに歯科医院なるものに行くこととあいなった。
吾輩はトイプードルながら時々考える事がある。
この主人は、まったく我慢を知らずに成長したのではないか。
というのも、歯科医に向かって、こう言い放ったのである。
「歯は抜くのはいいですが、痛くはしないでください。痛いようでしたら抜きません」
「親知らずですからね。全くもう使ってない歯ですし、このように膿がたまるまでほっておいては、いずれ抜くことになります。それもまた数日以内のお話になるでしょうな」
「痛みはないですよね」
「抜きましょう」
歯科医は、巧妙に話を逸らして、現状を伝えておった。
痛みに対する言質を取る取られないという攻防は、この後も数分続いていたが、終には今日の抜くことと相成ったのである。
ごもっともなことであった。
実は他の歯科医院でも同じことを言われ、逃げてきた経緯を忘れておる。都合の悪いことは忘却するのが、この主人の得意技の一つと言えようか。
吾輩は人間と同居して彼らを観察すればするほど、彼らは我儘(わがまま)なものだと断言せざる負えない。ことにアメリッシュに至っては言語道断(ごんごどうだん)である。
吾輩の尊敬する、筋向かいに住むシロ君などは、逢うたびにごとに人間ほど不人情で我慢のできない種族はないと嘆いておる。
さて、吾輩の主人は、歯科医院で、相当な思いをしているようである。
吾輩が狭いケージに我慢して待っている間、悲鳴やら、懇願やら、さまざまな声が治療室から聞こえ、待合室にいる他の人間どもの失笑をかっていた。
挙げ句の果てに
「もう、・・・これ以上は無理です、・・・今日はここまでに。武士の情けです」
「いえ、途中でやめることはできません。もう少しですから。ほんとにもう少しですから」
「先生、後生ですから〜〜〜」
最後の言葉は悲鳴とともに、かき消え、その後、コンコンとかギシギシという音が聞こえてきた。
吾輩は少々尻こそばゆきような同情を感じると同時に、一方では軽侮(けいぶ)の念も生じたのである。
この事件が主人にいかなる影響を与えたのかは、計り知れぬ。
元来人間が何ぞというと、犬、イヌと、事もなげに軽侮の口調をもって吾輩を評価する癖があるは、はなはだよくない。
牛と馬の糞から犬が製造されたごとく考えるのは、自分の無知に心つかんで高慢な顔をする主人などには、ありがちのことでもあろうが、はたから見て、あまりみっともいい姿ではない。
よそ目には一列一体、平等無差別、どの犬も自家固有の特色などはないようであるが、犬の社会に入って見ると、なかなか複雑なもので十人十色という人間界の言葉はそのままここにも応用が出来るのである。
餅屋は餅屋、犬は犬で、犬の事ならやはり犬でなくては分らぬ。いくら人間が発達したってこればかりは駄目である。
主人の痛みがいかようなものかは知らぬ。
単にトイプードルとして、主人の痛みを忖度はできぬという話である。
ただ、あのように大声を出している姿をまのあたりにすると、ちいさなケージの中でさらに小さく縮こまっていく自分を発見して、こんな目に合わせた主人を恨む気持ちさえあった。
だが、それでも日々は過ぎていく。
意地を通せば窮屈になるだけである。
人の世は住みにくいものであるが、こうした経緯もすでに遠い昔。
今日もブログという混沌とした世界に足をつっこみ、息をする主人を、吾輩ははたで見て、ただ念仏を唱えるのである。
今日も読んでくださって、ありがたや、ありがたや。
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前回、太宰治風で書きましたものを、今回は夏目漱石風にいたしました。素人ゆえの問題点など、ご容赦のほどを。また、夏目ファンのかた、申し訳ございません。平にご容赦のほどを🙇♂️
元ネタは下記内容です。
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前回のブログでブックマークが奇妙になっていますと書いたところ、もへじさんが丁寧に解説してくださいました。ありがとうございます。
そのままアメリッシュさんのブログを利用してテストさせていただきました。
Hatena Blog のブックマークはブログに対してと記事に対してとに分かれる件についてちょっぴりいろいろとやってみたレポートです。 - へのへのもへじ・破
同じような状況は他の方のブログでも起きているようです。
どうしてでしょうね?