ターシャ・テューダーの庭に憧れて
もう、何年前になろうか。何年ではない、20年以上も前のあの日・・・。
ターシャ・テューダーの写真集をみて、なぜか自分もできるという恐ろしく勘違いした女。それが私でありました。
なんという若さ。
なんという傲慢。
あの無垢な自分を思いだすだけで、げっと跳びあがり、机の下に隠れたくなる。
そう、遠い目で今も語り草となっている、あの私のガーデン宣言!
別名『ターシャの庭はどこに』。
あの日、あの・・・
あの春の日、桜が舞い散るなか、家族知人その他大勢に高らかに宣言したものであります。
「イングリッシュガーデン。素敵です!」
「なんの宣言。それは」
「ターシャ・テューダーの庭をつくります」
「それは、新しいタワゴトですか」
「本気です」
「さようなら」
私は古い友人にしつこくメールしました。
「ターシャ。ターシャ。ターシャ」
「What?」(意訳:うるさい!)
帰国子女の彼女、話したくないと英語になるという裏技でいやがらせしてきます。
そんな程度で私が負けると思うな。
直接対決すべく電話攻撃しました。
「だから、ターシャの庭を作りたい」
「言うだけなら、誰でもできます。無駄話で時間を潰すのは、ましてノンビリした夜の時間に付き合いたくないのですが。一応、聞いておこう。なにをする」
「まず、庭に芝生を植えて」
「OMG!」(Oh, My God!の略:意訳「アホか」)
ガチャン!
い、いきなり切らんでも・・・。
そうです。もう20年ほど前ですが、今の庭は違ったものでありました。
関東地方で芝を植える、その手間暇を知らず、無謀にも植えたんであります。
だって、ターシャの庭に芝は必需品。更に言うならイングリッシュガーデンと芝は切っても切れない関係。そう、ガーデン雑誌で読みました。
最初はコストも馬鹿にならないので、自分でしようと頑張った。
庭の土を掘り返して、岩を退ける作業です。そうしろと、ガーデン雑誌で読みました。
もうね、1m四方の土を掘り返しただけで諦めた。
ギックリ腰になりそうになって諦めた。
諦めの速さだけは特技なんで。
知り合いの知り合いに頼んで、個人で、とっても安くしてくれるって庭師の男性つかんで、頑張って耕してもらったんであります。
石どけ作業。ゴロゴロ出てきました。それを見て思った、やはり自分ではできないって。
それから夫とともに、安い芝をホームセンターで大量に仕入れ、そして、庭に並べ、上から土かけて水をまいた。
この頃が絶頂期であって、まだ体力も気力もあった。
結果!
数年後、庭は眺める者さえいないジャングルと化したのです。
芝生は英国の気候、あるいは、北米の薄ら寒い気候に合っている植物です。
高温多湿の日本で、青々とした美しい芝を目指すための努力。
それは努力を通りこした才能だと思われ、その才能は、ある種の人間には持ち得ない能力だと深く理解しえたのであります。
そうして、友人の忠告を無視して作った芝の庭、さまざまな苦労の末、私は敗北宣言を高らかにすることにあいなった。
悟ったのです。
悟りの境地に達したのであります。
真夏の35度、体感温度40度超えの庭で芝刈りはできない。
さらに、芝に絡まった雑草は抜けない!
これを言い換えると、『サウナのなかで1時間以上、腰をかがめ、重労働できる猛者はいない』ということであります。
そして、数年前。
庭を大改造した結果、手間を最小限に、つまり、雑草野郎がわが物顔ではびこる芝を抜いちまったのであります。
そして、芝の枯れ果てた場所にウッドデッキを設営しました。
ウッドデッキの必需品
満足のいく庭ができあがったのですが、しかし、何かが足りなかった。
そう、おわかりでしょうか。
ガーデンソファがなかったのです。
ウッドデッキとガーデンソファ。この二つは夫婦の関係であって、切っても切れない腐れ縁。
ウッドデッキにソファがなければ、それは飛べない豚と同じ、
ただの広い縁台。
この関係性を完璧にすべくイケアに走りました。
ありました。理想的なガーデンソファ。
さすがイケアです。
それもディスカウントの場所にちょこんと私を待っていた。
もうね嬉しかったね。
20パーセントオフでソファだって。
重かったけど頑張って運んだよ。そして、組み立てた!
そこで大問題が発生したのです。
「た、助けてくだされ」
友人にラインをいれた。
「どした」
「ソファを一人で組み立てたんだ。イケアで買ったガーデン用ソファのことよ。寒いから室内でな」
この話は数年前の冬の出来事です。
「だから?」
「組み立て前はだ、どれも1メートル四方の段ボール箱に収まっていた」
「いやな予感しかしないのだが、気のせいか」
「なぜか、組み立て終わると、玄関ドアを通らなくなった。不思議だ」
「・・・」
「一人で持つこともできない」
「お宅には家族はおらんのかね。力仕事向きの男は。私の記憶では、古くからの夫がいたのだと思うておったが。すでに、捨てられたか」
「あれは、こういう向きの仕事にむかん」
「あのな。私はもっと向いておらん」
「そう言わんと」
「旅に出る」
学生時代から冷たいオナゴであった。
ま、そんなこんなの厄介ごとはありましたが、真夏の炎天下での雑草取りからしたら天国のような仕事を、夫が終え、無事、ウッドデッキにガーデンソファを置くことができました。
『ターシャの庭』転じて、『南米風リゾートホテル風の庭』の出来上がりであります。
な、なんか、当初、夢にみたガーデンと真逆になってしまったような、いやいやいや、気のせい、気のせい・・・。いつか、いつか、ターシャの庭に近づくことができる日が、きっと来る。
映画『ターシャ・テューダー静かな水の物語』
2017年公開
監督:松谷光絵
企画・プロデュース:鈴木ゆかり
絵本作家でありガーデナーでもあるターシャ・テューダー。
自然に囲まれた米国バーモント州南東部の片田舎でひとり、90歳を超えてもなお現役で愛犬コーギーとともに、その老後を暮らしました。
この映画は、その姿を描いたドキュメンタリーです。
自分で設計した田舎屋に住み、電気も使わず、照明はロウソクやランプという19世紀のそのもの生活をする彼女。そのライフスタイルは日々、自然とともにあり、多くの人々が郷愁を抱くと同時に憧れました。
1914年8月生まれ。2008年に他界。稀有な素晴らしい女性でした。
世界中のガーデナーの憧れの人でした。