アメリッシュガーデン改

姑オババと親戚の物語をブログで綴っております・・・ブログ界のちいさなディズニーランドを目指しています

【米国史とアメコミの謎/後編】敵は日本人。1943年『バットマン』映画からヒューマンドラマ『ジョーカー』の誕生まで

 

たられば、もし、仮に・・・

 

この手の言葉が好きでよく使う。

生産性もないし、無駄なことかもしれないが、この言葉なくして私の実態はどこにあるのだと、ウィンクしたい。

 

先日の日曜は陽差しも柔らかく、風も透明だった。

アメリッシュガーデンは夏のあいだに、庭いじりをサボりにサボったあげく、雑草が増え、モッコウバラの枝は好き勝手放題に伸びきっている。

剪定の必要はあるが、しかし、夏のあいだは猛暑で1時間も庭いじりをしたら、まちがいなく熱中症で倒れちまっただろう。

 

ようやく秋らしくなった先日の日曜日は心地よかった。

夏の間に室内で考えたことは、もし、こんなに暑くなければ、あの枝を切り雑草を抜くのにといったことで、呆然と見つめるしかない自分に歯噛みしたい思いをしてきた。

 

そう、まさしく、この日は庭いじりの日になった。

 

私はチェック柄のハーフパンツをはき、白いえり付きのポロシャツに、麦ワラ帽子と軍手、サングラスという、完璧な庭いじりの格好でいた。

このファッションなら多少汚れても心配はなく、庭で雑草を取るに最高の形であって、十分満足のいくものだと思う。

 

私は庭に出た。

 

あの気が狂ったような夏の暑さが去り、心地よく、そして、ウッドデッキには、なにかに血迷って自分で組み立てたソファが置いてある。

とりあえず、私はソファに寝転び、レモネードを飲み、米国の南北戦争の本を手に取った。

 

デッキの天井にはターフがかかっており、そこからキラキラ光る太陽光を間接的にあびながら読書するのは至福の時間である。

 

冷えたレモネードの氷が溶けきるころには、もうすでにヤリきった満足感に浸されていた。

 

「楽しいそうだな」と、散歩から帰ってきた夫が言った。

「うん。庭仕事をしなきゃと思って」

「庭? 行く前と変わったようにみえないが」

「やっぱりそう思う?」

 

そして、考えたのだ。

 

雑草はいつまでも雑草のままそこにあるし、モッコウバラの枝もどうしようもない。しかし、焦らずとも雑草は逃げないし、枝だってそうだ。いや、いっそ逃げてくれたほうが嬉しいのだが。

 

本は読み切ったし、庭いじりの格好には満足しており、とても充実した半日だったことでヨシとしようとした。

 

そこで、私はブログに戻って、なぜか「アメリカ史とバットマン」を書こうと思った。

 

アメリカ史とバットマン

 

一昨日のブログで1934年のバットマン誕生秘話と原作者の物語とアメリカ史とコミックとの関連性について書いた。

 

さて、自明とはいえ、新聞、小説、演劇、テレビ、映画などの娯楽物は常に時代の影響を受けている。もし、そうでなければ、誰も関心をもたないであろう。

むしろ、娯楽としての漫画は時代の影響をもっとも受けやすい媒体なのだと思える。

 

さて、この観点で、一昨日のブログから先の時代へ進めようかと思う。

 

1943年 映画『ザ・バットマン

 

1943年は第2次世界大戦の分水嶺(ぶんすいれい)であった。

 

ナチスドイツはスターリングラードの戦いに敗れ、それまでの勢いに衰えがみえ始めていた。ドイツに比べれば日本はまだ余力が残っている時期で、だからこそ当然、バットマンの敵は日本にいた。

 

1943年に公開された連続活劇映画『ザ・バットマン』(15話で構成)。

チャップリン映画みたいなモノクロ映像だろうと容易に想像できる。

 

この作品で、バットマンとロビンの敵として現れるのは、日本のエージェントであるドクター・ダカ(daka)である。

 

作品では、日本の大仏を背後にダカが現れ、奇妙な英語で悪事を働いている。

 

それにしても、ダカってなに?

お前は嫌いだからのダカなのか。

 

だから! だからな、だから・・・」と、反論するばかりのメンドくさい博士という理由なのか。

 

このネーミングの意味が、いまいちわからない。

 

わからないどころか、1943年のアメリカ!

センスないぞって言いたいところだ。

 

ところで、当時のバットマンの姿。

バレーダンサーみたいなコスプレも、やはりダサい。

ネーミング以上かもしれない。

 

すまないが、この姿で正義の味方として私の前に現れたら、嬉しい前に吹き出しそうなんだが、とくにロビンが痛い。

 

もしかしたら、笑わかせて勝つスタイル?

 

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1943年:連続活劇映画『ザ・バットマン』の衣装

 

1966年テレビアニメと映画『バットマンとロビン』

 

2019年に生きる日本人のほぼほぼ全員が、強い米国の存在しか知らない。

 

しかし、実際のところ、1945年の終戦時まで世界の盟主国はイギリス連邦であった。第2次世界大戦後、植民地の独立などによって、その勢いは急速にしぼみ、その場所を分捕ったのが、アメリカ合衆国ソビエト連邦である。

 

いわゆる冷戦時代には、この2つの国は超大国と呼ばれ、世界を民主主義圏と共産主義圏で2分した。余談だが、現代の中国は、この歴史上のソビエト地位を狙っているのだと思える。

 

かつて習近平主席がオバマ大統領に対して、こう言った。
「太平洋は、中国とアメリカの二国が活動するのに十分な広さがある」

 

米ソの関係を、今、新たに米中で構築しようとするこの発言を、真面目にアメリカに訴えたとすれば、中国は相当のお花畑としか言いようがない。

 

米ソの超大国は平和裡に2分していたわけではない。

よもや第3次世界大戦かという瀬戸際ギリギリの覇権争いをして、結果として米国が覇権を握ったのだ。

 

さて、共産主義を標榜するソビエトに対抗して、当時、西欧諸国では、熾烈な赤狩りがはじまる(赤は共産主義を表している)この影響はハリウッドにも及び、作品も影響を受けることになる。

 

1966年はベトナム戦争が泥沼化しはじめる時代で、強いアメリカへとひた走る米国内部では歯車の狂いが支配者層に忍び寄っていた。いわゆる公民権運動がはじまる。

 

マーチン・ルーサー牧師の有名な演説、

「私には夢がある」は、この前後の話である。

 

対外的には超大国の威信を保つアメリカの1966年、しかし、内部では大都市で多くの暴動が発生していた。

 

さてはて信じられるだろうか。

この当時、まだ表立って有色人種への差別が多かったのだ。バスでさえも黒人専用の座席が用意され、白人とは同じ席につけなかった。

 

そして、当時、最も人気があったテレビ実写版が『バットマンとロビン』である。主要人物は白人しかいない。有色人種が仮に出演したとしても、メイドなどのチョイ役であった。

 

そういう時代に映画『バットマン オリジナルムービー』が、はじめての長編作品として登場した。

 

例のタイツをはいたバットマンゴッサムシティで悪と戦う。

非常にわかりやすく明るいストーリーである。

 

現代のダークな側面を持つバットマンとはまるで違う。

 

音楽も明るい!

♫バットマ〜ン バットマ〜ン バットマ〜ン

 


ザ・ベンチャーズThe Ventures/バットマンBatman Theme (1966年)

 

バットマ〜ンをただ繰り返す。ひたすら繰り返す。

ベンチャーズ演奏。

 

日米問わず、当時の子どもたちが大喜びして歌った曲である。

 

こうした明るい子ども用映画であったバットマン作品が、徐々に大人用として変化したのが、1989年。

 

米国はソビエト連邦との戦いに勝利し、ベトナム戦争での傷を舐める時代であった。

 

1989年代から現代までのバットマン

 

米国にとって日本はもう敵国ではなかった。

 

ないどころか同盟国であり、こともあろうに経済ではアメリカを脅かすまでに発展していた。ジャパンバッシングの火をつけたのもこの頃である。

 

ジャパンアズNO.1の声とともに、日本はバブル時代を迎え、豊富な資金で、1991年にはアメリカの象徴であるエンパイアステートビルを買収。

  

「米国の魂を売った」とも言われた、この衝撃的な事件は、米国民にとって、例えば中国資本が東京タワーを買うような衝撃だったろう。

 

 ティム・バートン監督のバットマンシリーズ

 

子ども用映画から少し抜け出したバットマン映画がティム・バートン監督シリーズである。

 

1989年『バットマン

1992年『バットマンリターンズ』

 

日本の「ゴジラ」が大好きなアニメオタクが監督した作品は、大人の鑑賞にも、まあまあ耐える、しかし、ゴジラレベルでのバットマン映画となった。

 

ジョエル・シュマッカー監督の『バットマン』シリーズ

 

1995年のシューマッカーが監督した映画『バットマンフォーエヴァー』では、ファミリー向けを意識した作品としてヒットしたが、次の大コケ映画『バットマン & ロビン Mr.フリーズの逆襲』(1997年)で、観客が離れた。

 

そして、ついに大本命登場!

 

ダークナイト トリロジー』シリーズ

 

バットマン映画史上最高傑作と言われる、クリストファー・ノーラン監督の『ダークナイト トリロジー』シリーズである。

 

バットマン映画をみるなら、次の3本。

 

もがき苦しむヒーロー像は、まさしく現代の世情を反映して、多くのファンの心をがっちり掴んだ。映画としての完成度も高い。

 

バレエタイツは遠い昔で、ダークだがイケてるバットマンの登場である。

 

バットマン ビギンズ (Batman Begins) 』(2005年)

ダークナイト (The Dark Knight) 』(2008年)

ダークナイト ライジング (The Dark Knight Rises) 』(2012年)

 

因みに、バットマンビギンズ には渡辺謙さんが悪役として登場している。出番は少ないけれど、ダカよりはましである。

彼はラーズアルグールという悪役の影武者であった。黒澤明監督の映画『影武者』のオマージュだろうか。

 

その後、アベンジャーズみたいなバットマンも製作された。大ヒット作品『ダークナイト トリロジー』シリーズとは全く別の世界感である。

 

バットマンと大勢のヒーロー全員が敵と戦う例の手法。

多くの枯れ木も山の賑わい的ヒーローたちの活躍映画である。

 

バットマン vs スーパーマン ジャスティスの誕生』(2016年)

ジャスティス・リーグ1』(2017年)

 

そして、ついに、アカデミー賞有力候補としての作品。

敵であったはずの『ジョーカー』が主役となった映画が、この秋10月4日に登場する。

 

正義とか悪とか、そういう世界感とは別物のヒューマンドラマである。

 

現代の闇は深い・・・、のではない。

 

隠されて見ないふりをしていた闇が表面に踊り出てきたのが、2019年というアメリカであり世界なのである。

 

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映画『ジョーカー』10月4日公開

 

孤独でメンヘラの悪役ヒーロー。これほど2019年を代表する映画もない。

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