《オババ》私の姑、人類最強のディズニーオタク。妹の夫とは同級生
《叔母・勝江(仮名)》オババの妹、ヒステリー性障害を患う。娘を溺愛し結婚に反対
《叔母の夫》米国に本拠地を置く会社CEO。自宅も会社も電話がつながらず所在不明
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ふいに叔父の姿が消え・・・
歩道を見るとうずくまっていました。
とっさに叔父のもとに走り寄りって、
「叔父さん」と呼びかけましたが、口を開くのも苦しそうです。
顔面は色を失い、いやな汗が額に滲んでいます。
「だ・いじょう・ぶ。心配いらんよ」
そうは思えませんでした。
「あそこに」と、叔父が指さしました。
木の周囲を丸く取り巻いたベンチが見えます。木陰になり涼しそうです。
叔父を助けベンチに移動すると、ドカンと椅子に落ち、それから、すぅーーっと息を吐きました。
まるで戦場で力つきた敗残兵のようです。
今日は気温の上昇が激しく、軽い熱中症にでもなったのかと疑いました。
「ひさしぶりでね。外に出るのは、脅かしたかな」
「い、いえ」
「もう、良くなった」
「本当ですか」
「心配はいらない。立ちくらみだ・・・、しかし、どうしてここに?」
返事ができない。と〜〜てもまずいです、この状況。
「えっと、その、・・・あの、お台場にショッピングに来て、なんでか迷って、それで、その、歩いてたら、ここにいて、あ、不思議ですね」
苦しすぎっ、言い訳になってねぇ〜〜。
「そうか、委員長だな」
返事、期待しないでくださいって顔で地面に視線を落としました。
「まったく、昔から、委員長は」
まだ、日差しは強く、一向に涼しくなる気配はありません。
叔父は薄く笑いました。
「あなたも大変なようだ。休むついでに、昔話でも聞くかい」と、叔父は、ひとり言のように言います。
顔色は戻っており、先ほどのような苦しげな様子もありません。
話、大丈夫です。私が言い訳を考える時間、ちょっと必要であって、であっても言い訳があるわけないけど。
異邦人のカミュばりに「太陽が眩しかったから」って淡々と言うか?
不条理な世界ですって逃げっか?
「老人の思い出話しだから、長くなるがね」
私は、こくりとうなづいた。
「僕が商社マン時代のころの話でね。もう、随分と昔のことだ。仕事でアラスカに飛んだことがある。
その日はアンカレッジの商談が思ったより早く終わって、1日余裕ができた。
冬だったか晩秋だったか、忘れてしまったが。ともかく、その時、フェアバンクスでオーロラを見ようと決めたんだよ。
車で6時間くらいだと聞いたからレンタカーを借りてね」
そこで叔父は息をつきました。
私は興味と不安を感じながらも、叔父の話に付き合いました。
頭のなかでは、太陽が眩しかったって繰り返しながら。
どんなことも繰り返し考えていたら真実になるって、きっとそうだって。
「レンタカー屋の疲れて太った女が、
『そんなスーツで行くような場所じゃない、crazy!』って言いながら、どうでもいいような様子でキーを渡してくれた。
僕はああいう投げやりで、頭の悪い女が嫌いじゃなくてね。
『死んだら、骨を拾ってくれるかい』って、ジョークを飛ばしたら。
『死んでもいいけど、車は返して』って、口紅の取れかけた顔で笑いやがった。
大声で笑ってやったよ。仕事は無事に終わり、それも思った以上の成果がでていた。さ、これから冒険だと気分が高揚していてね。
レンタカー屋でJEEPを借りてから、近くのスーパーで、食料を大量に買い込んで積み込んだ。一応の準備はしたと納得してから・・・。
それから、ハイウェイを北へ北へと走りはじめた。
アメリカって国は、田舎に行くと、本当になにもないんだ。
ただただ道路が真っ直ぐにあるだけで、周囲は平原が広がっている。どれだけスピードをだしても、誰も見ちゃいない。
3時間くらいドライブしたかな。
僕は車の運転が好きでね。運転すると疲れるっていう人もいるが全くない。かえって元気になってくる。
車外では徐々に雲が厚くなった。
ちらちら雪も降り始めて、まずいかなと頭のなかで警告音が聞こえたがね。
そうだ、イージーライダーって古い映画が好きなんだな。
自由に向かって、ただ走る映画で、いつかやってみたいと思っていた。
でもまあ、そん時の僕がなにから自由になりたかったのか、実際には理解していなかった。
ただ、ピーター・フォンダを気取って、窓を半開にした。
いっきなり冷たい空気が飛び込んできた。冷たいなんてもんじゃない。
そんな言葉じゃ、まだ足りんくらいだ。痛かった。
寒さが尋常じゃないんだ。
凍えた空気を吸うと、まず喉がやられる。
突き刺すような痛みに数秒で耐えられなくなったが、それが困ったことになった。
窓が凍りついて閉じなくなったんだよ。
路肩に車を停車して、なんとか閉めたが、ひどい思いをした。
手動だったから、まあ、なんとかなったが、
昔から愚かな人間だよ、それはいまでも変わらんがね。
途中でガソリンを入れたときには、JEEPのバックには、氷みたいな雪がへばり付いていた。
こういう寒さは経験したことがない。
レンタカー屋のしょぼくれた女が哀れんでいた理由がわかったよ。
道路も凍り、粉雪が舞い上がるようになり、
次第に雪は本降りになっていたね。
ホワイトアウトの状態になるのに時間はかからなかった。
周囲が真っ白な雲状の雪におおわれて何も見えなくなる。
向かい側からくる車のライトは、すぐ隣にくるまで気づかないんだ。
その光も薄ぼんやりしたもので、
ゾクゾクするような命の危険を感じた。
生きてる実感というのかな。
まだ、ナビもスマホもない時代だったから、地図と標識だけが頼りのドライブで、それが見えないんだ。
ハンドルにしがみついて、フロントガラスを凝視しながら、スピードを抑えて運転した。
数時間もすると、自分が前に進んでいるのかもわからなくなっていた。
確かにエンジンはかかり、動いているはずなんだが、止まっているように思えてね。
幸いなことに、途中で、雪が止んだが、その頃には、もう夜になっていたよ。
そして、周囲の景色がいっぺんした。
空気が澄んでいるから、無数の星が見える。
そして、星が消えたと思った瞬間、ふいにボウっと光が現れ、薄い白に近い雲のようなグリーンの波が押し寄せて来たんだ。
「おおおおおお」と思わず声が出たよ。
僕は車を停めて、それをボウーっと眺めた。
ただ、眺める以外になにもできなかった。
神々しい光というか、神の啓示を受けたような瞬間でね。
僕は全くの無神論者だが、その時ばかりは神の存在を感じた。
オーロラは、荘厳で怖い。
何層にも重なり、カーテンが降りるようにふり注いでくる波だよ。
僕は感動という陳腐な言葉では言い表せない感情を覚えた。見せてあげたかったなぁ」
腕を前に差し出して、叔父は体でそれを表現して、それから、かすかに微笑んだように見えた。
「勝江には申し訳ないが、これまで、いろんな女を愛してきたのは事実だな。
だが、あの時、あの瞬間に、これを見せてやりたいと思ったのは、なぜか委員長でね。
所詮そういうことだ、若いころから全く成長もしてない。悪態をつきたくなったよ。それから起業して米国に本拠地を置いたのは知っての通りだ。その時も勝江には別れることを提案したが断られた」
そう言いながら叔父は、前方にあるビルに視線を動かした。
「アメちゃん。頼みがある」
「なんでしょうか?」
「黙っていてくれないか」
叔父の視線を追った。
私は言葉を失った。
映画『イージーライダー』
1970年日本公開。
ピーター・フォンダ主演。
ハーレーダビットソンで、ひたすらアメリカのハイウエーをぶっ飛ばす映画です。ベトナム戦争が長期化して、反戦運動が高揚した時代、殺伐とした当時のアメリカを代表して、この映画はニューシネマと呼ばれました。
実は、後味がよくなくて好きじゃないですが、男性受けしそうな映画です。