大恐慌とは、現在の日本で起きている単なる不況ではない。経済が破綻してしまう状況のことを言う。その崖っぷちにいることは歴史を勉強していれば、わりと簡単に理解できる。では、今、私たちは何を知り、何をなすべきなのか。
目 次
世界で全面株安、その不安心理の秘密
日本時間で昨日夜半、ニューヨークの株式市場は、一時2000ドル超えの下落を記録した。
その結果、「サーキットブレーカー」という、過去の教訓から定められたブレーキが発動される事態となる。株取引を一時的に中止したのだ。
そして、今朝はじまった日本市場も急落。おりしも今日は13日の金曜日。なんともはやである。
そこにある経済危機は、突然起こるものではなく、ほとんどの人がなんとなく不安を抱えているうちに、気がつけば起きている。それはその時代の当事者にはわからない。起きたあとで「ああ、あれが、そうだったのか。あの時、歴史は変わった」と理解することが多い。
私たちは、基本的に心の奥に不安と破壊衝動を抱えている。
これはいかに恵まれた生活をしようが、また、幸福であろうが、人が心の奥に持つ潜在的な気質なのではないだろうか。
太古の時代から何万年もの間、裸のホモ・サピエンスは飢え、全身を毛で覆われた猛獣に怯え、見えない敵に不安な生活を余儀なくされてきた。
不安は身を守る手段であって生き延びるための必須感情でもあったろう。そして、現代、私たちは死の危険から遠ざかっているにもかかわらず、遺伝子に書き込まれた不安から、未来の闇に恐怖を覚えるという、なんとも厄介な不安を宿している。
「マスク」が市場からなくなるのは、この不安にかき立てられる部分も大きい。
未知のもの、知らないものへの恐怖を克服するには、その敵を的確に知ることであり、その後にはじめて戦略を練ることができる。
歴史を知ることの大切さはここにある。
大恐慌直前の歴史を知る
今から、ほぼ100年前、1929年10月24日、株価暴落で大恐慌が起きた。これは一つにアメリカの経済的崩壊が原因であった。
それ以前の状況といえば・・・
第一次世界大戦後、ヨーロッパは疲弊し、それまで自国で生産していた品々をアメリカから輸入するようになっていた。この時、いや、この前から先進国間ではグローバル化が進んでいたと私は思う。
欧州へのモノの輸出で米国経済は最盛期を迎える。
どんどんモノを作れば、どんどん売れる。
欧州の疲弊、そして、その後の米国国内の都市化による高度成長の恩恵。この空前の好景気に米国企業の株を世界が買うというバブルが米国で起きた。
しかし、日本の土地バブルのように、何ものも過剰に膨れ上がれば、いつかは弾ける。
アメリカで1920年代に起きたことは、ある意味、日本のバブルが弾けたことと同じであった。まさに、歴史は日本で繰り返されたのだ。
現代の中国の役割に似て、当時、米国で作られた製品は世界各国へ運ばれた。その好景気の結果、日本バブル時の土地のようにアメリカ庶民にとって、モノが高額になり、低所得者の手の届かないものになっていく。
これはバブル全盛期にサラリーマンが東京に一戸建て住宅を買えなくなった状況と似ている。バブル時の東京は郊外でも坪単価300万円なんてザラという、非常事態であった。
アメリカで過剰に作りすぎたモノは巷に溢れすぎ、価値が下がり、値下げによる企業の損失が起きてくる。好景気で膨れすぎた株もいつ破綻してもおかしくない状況になっていた。
大恐慌が起きる直前には、資産やモノの価値が下がるデフレ現象が起きていたのだ。
不景気は消費する側のマインドを冷やし買い控えを起こす。モノが安くなることで、今買うより後へと消費を控える傾向が起きがちだ。銀行へ預ける、いわゆるタンス預金が増加する。こうした市民マインドは消費や投資活動の低下を招いていく。
暗黒の木曜日(Black Thursday)は、こうして起きた
1929年、ウォール街の証券取引所では株価の記録的な大暴落が起きていた。この頃、おそらく市民感情としては、いつ暴落してもおかしくないというマインドが形成されていただろう。
当時、大企業であったゼネラルモーターズ株が大幅な下げを記録し、それを新聞などのマスコミが大騒ぎで報じた。
その後の米国市民の動きが、更に事態を悪化させる。
マスコミの力は恐ろしい。彼らの不安を煽る報道が市民を暴動へと誘導した。
後に「暗黒の木曜日」と呼ばれる25日の金曜日は、その後の銀行家などの買い支えで、市場はなんとか持ちこたえたものの、その4日後の火曜日。いわゆる、「悲劇の火曜日」と呼ばれる10月29日。
再び売り注文が殺到して、1日で時価総額1億4000万円の金が消えた。
ダウ平均は13パーセント下がった。
不安を感じた市民は銀行から預金を引き出し、銀行への取り付け騒ぎが起きる。
その結果、銀行の大型倒産を引き起こし、銀行が融資していた企業が倒産、企業に製品を作っていた工場が倒産、ビジネスマンが職を失う。
と、まあ、ドミノ倒しのような状況になった。この悲劇的な状況には、政治の力も及ばず、もう誰も手を差し伸べることができなくなっていた。
結果、多くの市民が職を失い、昨日まで大企業でゆうゆうと暮らしていたビジネスマンがホームレスとして飢えに苦しんだ。
彼らは高級なネクタイをしたまま、ゴミ溜めで自殺した。
暗黒の月曜日(Black Monday)とは何であったのか
日本時間の昨夜、12日の木曜日。ウォール街の証券取引所で2352ドル60セントの下げ幅を記録した。下落率は10パーセント。
この下げ率はブラックマンデー以来とさまざまなニュースに並んでいる。
ブラックマンデーとは、先に書いた「暗黒の木曜日」、後に大恐慌を起こし、第2次世界大戦へと歴史が向かったものとは違う。
つまり、大恐慌時代と勘違いしてはいけない。
「暗黒の月曜日」いわゆるブラックマンデーは、33年前、1987年10月19日に起きた。
株が暴落して、最終的には22.6パーセントの下げ幅を記録した。
1980年代当時の歴史的状況を、まず説明する。
当時、米国のレーガン大統領が、アメリカの経済再生をメインに公約して政権を握っていた。
彼はインフレ発生による、低所得者がモノを買えない状態を解消するため、「レーガノミクス」政策を行ったのだ。その詳細ははぶく。
結果、インフレを防ぎ、雇用の改善に成功したが、膨大な財政赤字と貿易赤字という双子のマイナスをもたらしていた。
投資マネーが米国に集中してドル高になった経済的損失にレーガン大統領は反発した。この状況を打破するため、ドル安に誘導することを目的とした「プラザ合意」が締結される。日本や欧米各国を含めたG7は、この合意を呑んだ。
ドルは各国通貨に対して値下がり、ドル安を背景に米国経済は再びインフレに振れはじめた。
その時、西ドイツはインフレ対策として米国の反対を押し切り、金利引き上げを独自に行ったのだ。各国の市場はそれに敏感に反応、G7の協調政策が破綻したという不安に陥った。これをマスコミは騒いだ。
さらに悪いことが重なった。ブラックマンデー直前、10月15日にイラン・イラク戦争でイラン海軍が米国からのミサイルを受け、一気に原油不安に陥ったのである。
当時は現在よりも世界が中東石油に依存する率が高かった。こうした複合的理由によって、西ドイツの金利引き上げから1ヶ月後、10月19日に起きたのが、ブラックマンデーである。
香港の証券会社が発端となり世界同時株安の状況となった。当時の香港はイギリスの統治下にあった。
これを教訓に米国で作られた仕組みが、一定以上の株価が下落したとき売買を停止する「サーキットブレーカー」である。
過去の歴史から学び、今回の騒動で米国証券取引所で発動された金融界の知恵の一つだ。
その時、歴史上で日本はどうであったのか
ブラックマンデー発生後、日本は金融緩和政策により、世界同時株安から、いち早く立ち直り、いわゆるバブル時代がはじまる。
「Japan as NO.1」と呼ばれ、世界が日本に注目した時期だ。
その結果はみなさまのご存じの通り、バブルは弾け、失われた時代と言われる歴史的なデフレ時代へと突入する。
新型コロナウイルスがトリガーになった今回の騒動
新型コロナウイルスよりも経済沈滞が怖いという人もいる。
しかし、それはコロナ同様に意味もなく闇雲に恐れるものでもない。
冷静に状況を見極め対処する。それ以外に方法はないとは思う。
『恐慌』という言葉だけが先行して、言葉の持つおどろ恐ろしいイメージができあがっている。しかし、大切なことは実態の本質を知り備えることであって、単に恐怖だけでマスクを買いだめすることではない。
恐怖を自分のなかで煽るのではなく、歴史的事実を知り、どう自分の生活を防衛するか。歴史を知るということは、そういうことだと、つねづね私は思っている。
なぜなら、私たちは簡単に恐怖に支配される。それは冒頭にも書いたように、遺伝子に書き込まれた何世紀もの時代で培った不安感が原因の一つなのだと思うからだ。
最も悲劇的な歴史へと雪崩のように落ち込み、第二次世界大戦を引き起こした大恐慌は、まずマスコミの過剰報道が引き金にあった。
SNSが発達した現代、多くのデマがまかり通る今だからこそ、事実を把握し、闇雲に恐れることもなく、冷静に対応することが重要なのだ。
今の日本は1000万円までは銀行が倒産しても政府が保証する制度がある。
スーパーマーケットに空っぽの棚を増えるのを見るにつけ、どうか記憶にとどめておいてほしい。人類の知恵というやつだ。
「サーキットブレーキ」や「1000万円の金融保証」
私たちのドタバタした悲劇から学んだ結果、人類は確実に進歩している。
ブラックマンデーの後、日本はバブルというチャンスをつかんだ。
今回のブラックサンデーで、私たちは恐怖を持つより、チャンスを掴む方法を模索した方がよほど建設的である。
最後に「世界は確実によくなっている」
『21世紀の啓蒙』スティーブン・ピンカー著のご紹介
ハーバード大学で心理学教授をする彼は言う。
「世界は確実によくなっている。この25年で10億人以上が極貧から脱出した。世界がよくなっていることをメディアは決して報じない」
私は楽観主義者になりたいと常に思っている。悲観的な報道しかしないメディアとは違い、ピンカー氏の論調は心が豊かになる。私は世界が悪化するというより、良くなっているという主張が好きだ。
彼によれば、そして、客観的統計データを見れば、世界全体の富は増え、相対的に貧しい人も以前より豊かになっている。
さあ、明日は明日の風が吹く!
今後、金融界がどう動くか、ニュースに注目しながらも、これまでも色々な災害になんとか打ち勝ってきた歴史を胸に、まず、心を整える。それが一番の恐慌から身を守る術なのではないかと思う。
誰もがいつかは死ぬ。悪いことも良いことも常に終わる。
いたづらに不安を持つ必要はない。
⭐️ ⭐️
すみません、昨日の趣くのままに書いたブログの検証はまた次回に行います。少し時間がかかります。
今日、これを書いていたら、楓屋さんがやはり、「コロナウイルス、その敵を知ろう」と書いてらして、なんだか嬉しくなりました。
気があうね、ほんとに。