アメリッシュガーデン改

姑オババと私の物語をブログでつづり、ちいさなディズニーランドに・・・、な〜〜んて頑張ってます

音痴は遺伝か? 去勢された男性歌手の声は恐怖の人体研究。映画『カストラート』

音痴は遺伝か環境か

 

世の中での不公平感は、いろんなところで発生する。

歌が上手い人もいれば、生まれながらに絶望的な人もいる。

 

例えば、メロディ一をちょっと鼻歌で、ここ大事だから、鼻歌だよ。ちょっとした出来心だよ。

そんなで、

私の周囲全員が耳を塞ぐ。

 

ないなぁ〜〜〜・・

 

ていうか、なぜか、音痴の人って自分の音痴に自覚がない。

これね、自分の耳には正常に聞こえているからなんだ。私、歌っているとき、もれなく最高のシンガー並で歌ってると感じている。

 

音痴の困るところはここだ。例えば、方向音痴は自覚があると思う。いつも道を間違えてながらも、自分は方向感覚がいいなんて思う人はいない。いるとすれば、脳内には尋常でないお花が咲いているはずだ。

 

けど、本物の音痴は違う!

自分の声が正常に聞こえる。

私の黒歴史で今思い出しても恥ずかしいが、最高に上手くノリノリで『月光』を歌い、これは後世に残すべくと思い録音したことがある。

皆を驚かせてやろうっておもって、まず自分が驚愕した。

 

私的には完璧に”鬼塚ちひろ”だった。途中、アレンジなんかも試みた。

 

しかし、録音されていた音はあまりに予想を覆していた。

楽器が出す音程に見事に上にも下にも半音ずれてた。つまり、音程が波の形にずれて動いているんだ。正常音から半音だけ外れて、それも上だけならまだしも、時に下にずれる。その微妙さの酷さったら、もう、天才的だとも言えた。

自分に速攻グー猫パンチできる代物だった!

 

「殺人兵器か。あるいは、新種の精神破壊装置か!」

ーー理由も理解も不能だよ。自分の声と録音機の間に、なんらかの、オンチ増幅装置があるとしか思えなかった。

 

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猫パンチ!

 

で、思い出したことがあるんだ。幼い頃の話だけど。

 

赤ちゃんの頃から母の子守唄を聞いて育った私。

 

小学校でシューベルトの『子守唄』を聞いた瞬間、歌詞だけは同じだがメロディーが違うと思った。きっと、バッハとかベートベンとか、同じ歌詞で別の作曲をしたにちがいない。そう理解に至った。

当時の私は今より賢かった。

 

母の歌は正しい。学校の音楽授業も正しい。

とすれば、導かれる方程式は必然的にひとつしかない。

バッハか、あるいは、シューベルトか。

 

隣席のゆみちゃんに、胸をはって教えてやったものだ。

「子守唄には、同じ詩を使った別の作曲家がいるんだ」

「へえ?」

「うん、間違いない」

「アメちゃんって物知りだね」

てへって笑った私。

「お母ちゃんなら、その作曲家を知っている」

 

さて、私は自宅に戻って意気揚々と質問した。

「母さん、シューベルトの子守唄って知ってる」

「あら、それ、子どもの頃から歌ってあげたじゃない」

 

・・・恥の多い人生を送ってきました。

 

私の音痴は遺伝なのか、それとも環境のなせる技か、そこだけはイマイチわからない。 

 

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映画『カストラート

 

「ひれ伏したまえ」このドヤ顔に!

 

上の画像、映画『カストラート』の主人公ファリネッリという人だ。

歌が上手い人って歌っているとき、みなドヤ顔になるのは、私の長い経験から確信している。

いえ、決して妬んでいるわけではない!

それは幼稚園のとき、私が最上階のすみっこで木として声を出していた時、センターをとったあのアキッチの顔を彷彿させる。

 

さて、『カストラート』の話。

遠い昔、ヨーロッパで強制的に美しい声を持続させられた男たちがいた。

美しい天使の声を持つ男。男性ながら女性ソプラノより高い声がでる。高音部を歌っても音程がずれて声が裏返ったりしない。

いわば、声の職人だ。

 

音階『ドレミファソラシド』

 

『ドレミファソラシド』に、ドの半音とかレの半音とか半音を全部合わせると1オクターブは12音しかない。

この、たった12音を正確に同じ音として、奴らは歌える。

 

まさしく私の天敵である。

 

彼らの声は天上界に住む住人であって、音痴を守りきって、この世知辛い世界をなんとか生き抜いてきた私が決して到達できない高みにいる。

それが、イタリアで1500年頃に一般化したカストラートという存在だ。

 

カストラートとは、子どもの頃に去勢して声変わりしないまま大人になった男性のことを言う。

ミルク風呂で体を柔らかくして、残酷にも、まだ7歳くらいの小さな子の睾丸もアレも切り取る。その後、子どもたちは歌の英才教育を受け超絶テクニックと声をもつために体も含めて鍛えられる。

声だけではなく、その声を支える肉体の鍛錬も小さいころから受けることで、結果として、最高峰のカストラートとなる。

 

これは中世ヨーロッパで行われていた蛮行で、少年を当時の医療技術で手術するという、暗黒時代の話である。最盛期には、毎年数千人の少年が去勢されたという。

 

映画『カストラート』は実在した彼らのなかでも特に至宝と言われた男性。ファリネッリの生涯を映像化したものだ。

 

彼は3オクターブまでの音域があったという。超絶的な息の長さといい、技巧といい、「神の声」「天使の声」として当時の貴族階級の女性を悶絶させていたらしい。

 

3オクターブね。

いや、私だって出せないことはない。悲鳴からドラ声まで、一応はできる。

 

さて、カストラートは、男性オペラ歌手の高音部を担当するカウンタテナーとは違う。カウンタテナーは高音部をファルセット、いわゆる裏声を使って歌う。カストラートは地声でそれを出す。だから、裏声とは違う美しい高音部を出せるのだ。

 

ところで、現代版カストラートと呼ばれるRadu Marian(ラドゥ・マリアン)という歌手がいる。

彼は去勢したわけではなく、内分泌系の問題で成長ホルモンが出ずに、カストラート並に美しい声を保ったまま大人になったという人だ。

 

Radu Marian(モルドバ出身の男性ソプラノ歌手)。

まあ、この驚くべき声を聞いてください。

 


Radu Marian, Handel "Lascia Ch'io Pianga"

 

ただ、王の鬱病まで直したというカストラートの声には及ばないと聞く。鍛え抜かれた肉体、それが足りないようだ。

 

2016年に「Daily Mail」が報じたニュースによると、イタリアの大学研究チームがガスパーレ・パッキェロッティ19世紀に活躍したカストラートの遺骨を解剖学的に研究したという。

彼は大男であって、191センチの長身であったことがわかった。彼以外のカストラートも足が長く長身であったと言われてきたが、実際の遺骨でそれが証明されたようだ。

 

歌は全身の訓練なんだな、きっと。

運動会嫌いだった私。きっと声だけじゃなく運動神経という両輪の和で足りないものがありすぎなのだ。

 

映画『カストラート

 

映画『カストラートは1994年に映画化され、ステファノ・ディオニジというイタリア出身の俳優が演じている。

歌のほうは口パクで、映画で使われた高音域の声は女声のソプラノ歌手、低音域は男声のカウンターテナーが担当して映像を作ったそうだ。

 


カストラート(字幕版)

 

今日のおすすめはしない映画『カストラート

1994年公開

イタリア、ベルギー、フランス合作

主演:ステファノ・ディオニジ

 

18世紀に実在したカストラートの生涯を扱った映画。

 

美しい天使の声を持つ男の子を第二次性徴期前に去勢、成長ホルモンを出さないようにして、大人になっても美しい天使のままの声にする。

 

映画は主人公ファリネッリをめぐる陰謀や政略、嫉妬や裏切りなどの、ねちこい欲望を描いた作品で、弟を出世の道具とする平凡な作曲家の兄との葛藤ありで、見ていて苦しい。

 

正直に書くと、内容的にあまり好きな映画じゃない。ただ、オンチ代表として、カストラートの声は聞かなければならなかった。

 

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