【毒親vs結婚 7】毒親が呼ぶ不幸と日本人の同調性が呼ぶ不幸。と、映画『アントワン・フィッシャー/きみの帰る場所』
《オババ》私の姑、人類最強のディズニーオタク。妹の夫とは同級生。
《叔母・勝江(仮名)》オババの妹、ヒステリー性障害を患う。優ちゃんの母親、娘を超過保護に育てる毒親。結婚に反対していたが妊娠でコロっと変わる。夫との離婚を納得していない。
《優ちゃん》叔母のひとり娘、39歳。婚活アプリで知り合った太郎と熱愛、過保護母に結婚の邪魔をされ、太郎と駆け落ち。妊娠が発覚。
《太郎》35歳。高校時代に親を亡くし、一人で農家を切り盛する勤労青年。
幸福を嫌う毒親
8月はじめ、この日も暑く、立っているだけで汗が吹き出してくるような日でした。
一面に畑が広がる高台では、風があって、まだ、凌(しの)ぎやすいですが、それでも外での畑仕事はきついでしょう。
優ちゃんと太郎くんの家に行ったのは、午後3時すぎ、久しぶりです。
「こんにちは」って玄関から入っても誰も出てきません。
玄関の鍵はかかっていませんでした。
鍵もかけずに、大丈夫なのかなんて心配をしながら、もう1度声をかけました。屋内はシーンとしてテレビの音も聞こえません。
思わずオババと顔を見合わせました。
「はいるわよ」ってオババ。
ずかずかと中に入ってきます。
後ろからついていくと、陽のささない薄暗いキッチンで、テーブル前で座っている優ちゃんを発見しました。
太郎くんは畑に行っているらしく、優ちゃん、ドロ〜ンとこもっています。
お夕食の支度でしょうか。
大きなまな板をテーブルに乗せ、それでも、なにもできずに、ぼーっとしているようです。
私たちに、気づいて顔をあげましたが上の空の様子で、
(大変ね、はじめての妊娠で、それに結婚式もあるから)って、私、優しく声をかけようと思いました。
と、
そんな私より先に・・・
オババ、つかつかと優ちゃんの前に行くと、
ばっち〜〜ん!
ゲっ、ほっぺた殴った!
ななななな、なぐった!!
え? きっと見間違い、目の錯覚?
え、え、え〜〜〜〜〜
いや、見間違ってない。
優ちゃん、びっくり目でオババを見つめ、現実に戻ったような、素っ頓狂な顔しています。
確かに、私も優ちゃんが鬱(うつ)と聞いて、少しイラってしました。
ふざけんじゃないって思いました。
甘えるのも大概にしとけって思いました。
優ちゃんのこと大好きだけど、こういうウジャウジャな態度って苛立ちを覚えませんか?
オババ、でも、でも、今、ほっぺた引っ叩いたよね。
バッチンって音がした!
いや、間違いなく、殴りおった。
ぐーじゃない、平手で殴った。
妊娠5ヶ月に入った妊婦を殴るって。
あ、あ、あ、あの、言葉を失った私、どうしたらいい。
「殿、ご乱心!」って、叫ぶか?
優ちゃんも驚いてますが、私も驚いてて。
思わず、あわわって声に出していたら、
オババ、さらに大声で怒鳴った。
「そんなことで、ミッキーが育てられますかっ!」
オババ、違う!
そこ、違うから!
ミッキー育てるわけじゃない。
赤ちゃんだから、
百歩譲って、赤ちゃんの名前、ミッキーじゃないと思う。
たぶん・・・
優ちゃん、頬に手をあてることもせずに、ぼうってしています。
「目が覚めましたか、どうですか」
優ちゃん、言葉がでてきません。
私のほうは、思わず周囲を見渡しました。
だって、もし、ここに叔母がいたら、
血を見る!
老齢の姉妹対決、誰がそんなものを見たいって、オババよ。
気は確かか。
「ゥ、っっっう、お、おばさん」
優ちゃん、言葉が出ると同時に涙が溢れ、それから大泣きになって、言葉になりません。
「お義母さん!」
私、かなりの勇気をだし、対決しようとして、
小声で怒鳴った。
聞こえた?
え? オババ、聞こえてない?
あっ、よかった。
じゃないわ。
もう一回、怒鳴ってみる?
囁き声で・・・
その時、優ちゃん。
「私、私、幸せで、幸せすぎて、いつか壊れるんじゃないかって、うううっ、だから、怖くてしょうがなくて」
「優ちゃん」と、オババが背中を支えました。
「あなたの母親と同じですよ。あの子もね、そうやって幸せであることに耐えられないのです。その結果、ぜんぶの不幸を呼び寄せてるんです。まちがってますよ」
「叔母さん、私、私」と、優ちゃん、しゃくりあげています。
母親から独立して、太郎くんとの同棲、そして、妊娠。
これまで実家でしか生活の場がなく、すべての母の言いなりに過ごしてきた優ちゃん。急な変化に精神的な負担があったのかもしれません。
それが不幸への回帰となって、マリッジブルーと妊娠鬱(うつ)が同時に優ちゃんをおそい、パニックになったのかもしれません。
「太郎くんには話したの?」
「太郎さん、いつも頑張っていて、私、私、なにもできないのに、だから」
「話せないのね」
優ちゃん、静かに、うなづきました。
毒親という罪です。
なにも言えない優ちゃん。
優しい態度しか取れない優ちゃん。
他人からみれば、幸福の頂点で幸せなはずなのに抱え込んでしまう罪悪感。
幼いころの経験は、こんなふうに人を押さえ込んでしまうものです。
そう簡単には抜けられません。
同時に、日本人は同調心が異常なくらい強い民族でもあって、
「自分だけが幸せになってはいけない」と思いがちであり、不幸であることでホッとする人がいることも事実です。
民族性の悲劇かもしれません。
不幸な人に手を差し伸べることは大切ですが、そのこと自体で自分に罪悪感を覚える必要はないのです。
こういう方、実はいい人が多いんです。
「いい、優ちゃん、幸せになっていいんです。私が許します」
「おばさん、でも、これが続くって思えないんです。いつか悪いことがおこるって思って、怖くて仕方なくって」
「続きます!」
「でも」
「もう1回、ひっぱたいてあげましょうか」
「はい!」
優ちゃん、何を血迷ってる。
「痛いぞ!」
「はい!」
ばっちん!って、オババ、軽く頬を平手で叩きました。
それから、オババ、優ちゃんの頬を撫でました。
「痛かった?」
「すごく」
おいおい、そこは、痛くないって言ってあげなよ、オババのために。
「そう、その調子。自分の気持ちに素直になって、相手を思いやりながらね、そうして幸せになりなさい。赤ちゃんがお腹のなかで聞いてますから」
「聞いてる?」
「聞いてます。母親が幸せと思わないと、お腹の赤ちゃんも不幸ですよ」
優ちゃん、お腹をさすりながら、こっくりとしました。
私は、映画『アントワン・フィッシャー/きみの帰る場所』を思い出しています。
孤児院で育ち、幼いころに養母から虐待を受け、精神的ダメージを受けた主人公アントワン。
彼を無償で助けようとする精神科医との間で葛藤しながら、主人公は癒されていきます。実話です。
オババと優ちゃんの姿に二人の姿が重なりました。
to be continued
映画『アントワン・フィッシャー/きみの帰る場所』
2003年公開
出 演:デンゼル・ワシントン/デレク・ルーク
監 督:デンゼル・ワシントン初監督
アントワン・Q・フィッシャーの自伝『Finding Fish』が原作の映画。
作家本人の体験を元にした作品です。その映画化であり、それだけに内容に重みがでます。
幼いころ、養母から身体的虐待や義理の従姉妹からの性的虐待を受けた一人の男。主人公のアントワンは気が短く、すぐキレる性格で周囲との摩擦が多く、海軍内部で問題になりました。
精神科医ジェローム・ダベンボートは、この困った性格が幼いころの虐待から来ていると考え治療がはじまります。
恩人となる精神科医に出会い、過去を克服していくアダルトチルドレンの映画です。
原題「Finding Fish」(フィッシュを見つけにいく)とは、精神科医とともに彼自身を見つけていくという意味が込められていると思います。
淡々とした語り口の映画で、実話の重みを感じるヒューマンドラマです。逆に実話でなければ、淡々としすぎて退屈かもしれません。
みる人によって評価は別れる映画です。