《オババ》私の姑、人類最強のディズニーオタク。妹の夫とは同級生。
《叔母・勝江(仮名)》オババの妹、ヒステリー性障害を患う。優ちゃんの母親、娘を超過保護に育てる毒親。結婚に反対していたが妊娠でコロっと変わる。夫との離婚を納得していない。
《優ちゃん》叔母のひとり娘、39歳。婚活アプリで知り合った太郎と熱愛、過保護母に結婚の邪魔をされ、太郎と駆け落ち。妊娠が発覚。
《太郎》35歳。高校時代に親を亡くし、一人で農家を切り盛する勤労青年。
出産の恐怖
「優ちゃん、優ちゃんが死んだら、どうするの!」
オババと叔母、映画『トワイライト/ブレイキンドーン Part 1』を鑑賞中。
ヴァンパイアの子を宿した主人公ベラの妊娠と、娘の妊娠とをごっちゃにしてます。お腹の子の発育が良すぎてベラが肋骨を折るという部分で、完璧に取り乱しております。
「優ちゃん、優ちゃん!」って。
「優ちゃんは人間の子を宿してるんです」
と、オババ。
映画の終盤です。
ベラ、ひどい顔です、激やせして、げっそりと削げた頬に、もう生きてるのが不思議なくらいの体の状態です。
これ実際に俳優が痩せたわけではなく、CGにより作った顔らしいですが、もう、本物と見分けがつきません。
「太郎は人間なのかあぁあああ!」
叔母、叫ぶレベルじゃない。
娘の心配でシャウトしてる!
いやもうね。太郎くんから森で結婚式したいって聞いて、優ちゃんが『トワイライト』のヴァンパイア婚に憧れたって話を聞いてね。
で、叔母、知らないから、それをハワイナイトって、思いっきり聞き間違えたから、ハワイで結婚したいって勘違いも甚だしくて、もう映画見せるしかないって、思ったわけ。
で、ハワイナイトは解決した。そこはよかった。
オババと叔母、なにも言わないけど、おそらくわかっている。
事態は、しかし、私の予想の遥か上をいっちまった。
ハワイでよかった。
ヴァンパイアの子を身ごもったと、
それで発狂されるより、いっそハワイがよかった。
「優ちゃんは、太郎くんという人間と結婚したんです」
と言ってから、オババ、付け加えやがった。
「そういえば、太郎くんとは太陽が落ちてからしか会っていませんね」
いや、会ってる。ディズニーで会ってるから。
「ま、吸血鬼として永遠に美女として生きる。望むところじゃないですか、それにしては太郎くん青白くなかったような。日に焼けすぎてました」
『トワイライト』のヴァンパイアは太陽の光で死なないかわりに、肌が光り輝いて人間とは見えなくなる設定なんで。
「光り輝いて人間に見えないってだけでしょ」
叔母さん、どうしてそこだけ読み取ってるん。
妙なとこだけ、鋭いって、どういうこと。
「あ、そうね。畑で毎日、働いてから。毎日、畑で光ってるんでしょうかね」
オババ、完全にからかってます。叔母、気づいた様子がありません。
映画の画面に釘付けで話しています。
「そうなの? 近所の人たち、気づかないの? それとも、全員仲間?」
「どうでしょうかね」
「優ちゃんに会いにいかなきゃ。私が助けなくて・・。吸血鬼ってニンニクが苦手よね」
なんだか、優ちゃんの天然なとこ、ある意味、叔母さんからの遺伝かもしれないって思ったわけで・・・
「あのな。妹よ。昔から、抜けているとは思っていたが、どこまでアホなんじゃ」
「アホって、アアア、アホって。ほら、あんなに苦しんで、ベラ、死んじゃうわ。ぎょえー、医者でもないのに、帝王切開って、麻酔まだきいてないって言ってるわ・・・、ひゃああ〜〜、死んじゃった、ほら、死んじゃったわよ。あ、死んじゃったのよ」
最後の見せ場、子どもを強引に腹を裂いて取り出し、エドワードがベラを助けようと必死の場面です。
「あのな、妹よ。これは映画だ。主役が死んだら、パート2ができん」
「え? パート2があるのですか?」
「この映画はパート1です。パート1があれば、パート2があります」
てな、会話しながら、年老いた姉妹、お互いに手を握り合って映像を見ています。
なんなんだ、一体。優ちゃんたちが、どんな結婚式をしたいのか教えるための映画が、なんで妊娠の危険を教えてるんかい!
ますます、カオスにした? 私。
to be continued
古代の出産と江戸時代の恐怖出産と今
古代の出産
日本には出産は穢(けが)れという古くからの思想がありました。
ほんの50年くらい前でもまだ、生理中の女性が寺に足を踏み入れてはいけないという考えが残っていたようです。
これは仏教の教えで、血が忌み嫌われているからです。
潜在的に病気や疫病を拒否する宗教的なものであり、女性の出血にまで広がったという、ま、ひどい話ではあります。
血を忌むことは、仏教だけでなく、多くの宗教の根幹にあります。
人は病気や死を恐れ、血を流すことに恐怖を感じるからです。
出産するとき女性は大量の出血をしますから、穢れを家に持ち込まないために、母屋に入れないという風習がありました。
妊婦が自宅で出産できるようになったのは近代になってからで、
出産が「ケガレ」という古くからの迷信が信じられていたからでしょうか。
平安時代に、妊婦が自宅から追い出されるのは、
庶民だろうが貴族だろうが御構いなしです。
いくらお姫さまと言おうと、白い着物きせられて、外で祈祷師とともに出産します。
山へ入って産む、川辺で産む。
古代の出産は命がけでした。
しかし、この時期の出産はまだマシであって、時とともに更にバージョンアップした江戸時代は、ありえないほど酷くなっていきました。
江戸の女性たちよ、よく耐えた!
祖先たちよ、よくよく頑張った。
平安時代よりも過酷な江戸時代の出産
江戸から明治生まれの日本人は、
母屋で産むことができないので、馬屋なら、まだいい方、厠(かわや:トイレのこと)なんて話もあって。
納戸、外でと、とにかく家の中で血を流すことはダメだったんです。
さらに産後は心身ともに刺激を与えてはいけないって、少量のおかゆなどの食事しかなく、出産で体力が奪われた上に、まともな食事も与えられない。
今の産婦人科では、出産後、豪華なディナーがでたりすることを考えれば雲泥(うんでい)の差です。
さらに過酷なのは、出産後7日間、眠ってはいけないと信じていたことです。
産後、頭に血がのぼるという理由でした。
つまり、出産後は座ったまま、眠ることもできずに7日間過ごすんです。
アリえますか?
根拠のない迷信による、おそるべき民間療法。
ただでさえ、酷い環境下で、食事もままならず、眠れず、座ったままの7日間を耐え切って、やっとのことで生還できます。
ほんと、かわいそうです。産後に亡くなる妊婦が多かった理由の一つでしょう。無知は怖いって話です。
さて、江戸後期になり、はじめて産科医が登場します。
トンデモ風習をあらためるキッカケを作ったのは、加賀玄悦という医師です。
加賀玄悦がいなければ、私たちの何万人か、それ以上は、現在に存在してなかったでしょうね。
彼によって、産科は進歩を遂げましたが、まだ地方では古い風習が残り、過酷な出産は続いていたことは想像できます。
明治から現代までの出産
さて、戦後しばらくは自宅出産で産婆が大活躍していました。
現代、自宅出産は少なく、設備の整った病院で出産する妊婦さんは8割を超えます。
自ら選んで自宅出産を願う妊婦さんも2割ほどいるそうです。
ともかく、女たちよ。
今の時代に生まれたことを幸せと思おう。
江戸時代だったら、出産は悪夢でしかなかったです。
私なんて、ぜったい生き延びることできなかったって、思います。