雑兵の唄
あのな、これから語る話は、ここだけの話ってことな。
三郎のことについて語るつもりだけど、奴には内緒だよ。だって、あいつ神経がピリピリしててさ、そんなこと知れようもんなら即刻、首にされちまうし、そうなったら、俺の家族も困るしな。
ことによっちゃ、感情を爆発させて奴が心臓発作? 起こしちまったらまずいだろ。
あいつ、なんでも自分で決めなきゃ気のすまないタチだからさ、そこまでして働かなくてもって思うけどさ、性分ってことなんだろうな。だから、急に心臓とまっても、俺は驚かない。俺が奴だったら、とっくに倒れてるって話だ。
それによ、三郎って朝が弱いんだよ。
たいてい朝から昼頃までは機嫌が悪くて、午後3時くらいから元気になる。
だからな、朝に話しかけないほうがいいぞ。
ほら、いるだろ?
頭が回りすぎてさ、なんでも自分でやって、部下が同じようにできないとイラつく上司って、まさに三郎だよ。
あの男についていける奴なんてそうはいないぜ。
え? 俺が誰だって?
そんなこと話しても意味ないって。俺の父ちゃん、母ちゃんだって、そこらへんにいる普通の親だし、毎日、食うに精一杯の生活してる。それこそ苗字なんてねえよ。
父ちゃんは中村の竹と呼ばれている。村の名前が苗字みたいなもんでさ。ごくごく普通でいることで、いっぱいいっぱいの農民だよ。
三郎のことだったら教えてやるぜ。
なんせ小さい頃から遊び仲間だったし、やんちゃもした。
そんな関係で、今は中間の仕事をしてるんだ。
中間の仕事ってさ、下男と足軽の間の身分さ。これ、けっこうキツイぜ。
戦闘がはじまれば、馬を引いたり、三郎に武器を手渡したり、それに重い荷物を運んだりもするんだ。
でもよ、そのお陰で家族はけっこういい暮らしができてる。村に帰ると大変だぜ。こんな俺でも「出世頭だ、タケんちの坊はなかなかエラえ」って、父ちゃんは鼻が高いってもんだ。
ああ、そうか、三郎が誰かって。
世間じゃ天下人って呼ばれてる、ほら、あの男だよ。
そう言えば知ってるだろう?
そうさ、織田信長だよ。
昔は三郎って呼んでたんだよ、だから、今でも心ん中じゃ、俺にとっちゃ三郎だ。
俺は昔から、ヌケサクのヒデって呼ばれている。
今は三郎の近くで、といっても縁側の下の地べただけどな。そこで待ってて、指示があったら馬を引いたり荷物運んだりの仕事に精出してる。
これでも真面目なんだぜ。
同じ仕事をしていた藤吉郎は、今じゃ一国持ちに出世して羽柴秀吉という、どえりゃあ偉い人になってる。
昔からハシこいやつでさ。
俺なんかが気づかないことまで気づいて、すぐ行動するやつだった。
頭も数倍まわるし、それで愛嬌があってな。昔は「兄貴、兄貴」って俺のこと慕ってたけど、もう今じゃ口もきけねぇ。
藤吉郎は中間の仕事してても、働き方改革を自分で工夫していたな。
難しい言葉知ってるだろ。これも藤吉郎、あ、羽柴さまだよな。
あいつが、そんなことを言ってたよ。他人と一緒のことしてたら、誰も認めてくれないってな。
うらやましいかって?
ねぇよ。
人には分ってもんがある。よく父ちゃんが言っていた。
そういう意味じゃ、俺、分相応以上の仕事をしてる。
なんせ、三郎、今じゃ天下人だぜ。
その中間なんざ、村じゃ偉い出世よ。
俺、三郎のことは小さいころから知ってるからな。
なんのかんのって言っても、三郎のことが好きなんだ。
それに可哀想な奴だ・・・、おっと、天下人を可哀想なんて言っちまった。
だってよ。三郎って若い時から裏切られてばっかでよ。信じちゃ裏切られ、信じちゃ裏切られって、よほど前世で悪いことしたんだぜ。
じゃなきゃ、理屈があわねぇ。
三郎に、そう聞いたことがあった。
すると、奴、あの細い顔で唇をゆがめて「ふん」って言いやがった。
「違うのか」
「ヒデ、世の中に神も仏もいねぇ」
「おまえ、いつかバチが当たるぞ」
「当たろうが、やるべきことをやるだけだ」
俺、ちょっと怖かった。
だってな、三郎にバチが当たったら、俺っちにも来るだろう。こんなに近くで中間の仕事してんだ。
だから怖かったんだよ。
するとな、その夜は珍しく、奴、饒舌でな。
「怖いのか」って聞きやがった。
「怖いよ」
そしたら、ふっと笑って。
「お前は、いい奴だよ、本当にいい奴だ」
意味がわからねぇ。
だが、ま、そういうことだ。あいつは、あんまり無駄話をしたがらないタチなんだよ。
背信の人生
最初は、あのジジイだったな。父親代わりの真面目な平手ジジイが自害してよ。三郎、あれは堪えたようだ。すげえ泣いてた。
それまでは、ヤクザな格好して俺らと好き勝手やっていたのを、あれから止めた。あれが原因さ。でもよ、勝手に自害するなんて、裏切りのひとつだろ? 三郎にとっちゃ。
あの頃までは楽しかったんだ。若かったしなぁ。
「おう、ヒデ。行くぞ」って三郎が声かけてきて、みんなで悪さして、走って、笑った。三郎といると女にモテるしさ。
なんたって、織田家の若様だもんな。
そうだよ、断然、楽しかったんだよな・・・
平手ジジイの次が弟さね。
信じられねぇけどな。自分の弟に裏切られるなんてよ。あいつ、あれで情が深くて、それで最初は許したよ。けど2度目はなかった。
弟の次は浅井長政ってやつに裏切られた。
三郎の妹って知ってるか?
そりゃ、まぶしくて天女みたいな、いい女だよ。
俺なんかが、まともに見れるような女じゃない。三郎のやつ、その妹が大好きだったけどな、その男にやったんだよ。政略結婚ってやつさ。
その大事な妹を嫁にやっても浅井は裏切ったんだ。
朝倉との戦いで背後から浅井に攻められて、
「退却だ!」って叫んだとき、俺も馬の隣を並走しながら叫んでいたよ。
「逃げろ! 逃げろ!」ってな。
泥んなか、必死で三郎の背後から走った。ぜってい死ぬもんかってな、それほどギリギリの戦いで危なかった。
そして、こっからが今の話さ。
足利義昭って将軍に裏切られたんだよ。
義昭って京都まで連れてきてやった奴だぜ。
他のどこの大名もできなかったことをやり遂げて、城まで作ったのにさ、裏切るって、それ、アリか?
将軍、誰のおかげでそうなれたって俺なんかだと思うんだけどよ。殿上人の考えることは俺らにゃあ、わからんて。
三郎って男はな、潔いっていうか。
「是非に及ばず」で終わらせる。
言うことはないってことだ。
将軍を京都から追放すると、あの野郎、あちこちの大名に織田信長を殺せって手紙を書いた。
それで、なんのこっちゃない、和議を結んだ浅井長政と戦うことになったんで、そりゃさ、三郎が悪いんじゃないぜ。
これは俺の意見だけどよ。三郎ってやつは、昔からイラチだけど悪いやつじゃない。それだけは、俺、母ちゃんのへその緒に誓って言える。
あいつは悪いやつじゃないんだ。
ただな、言葉が足りないってことはあるよ。昔っからだ。
すぐ感情的に怒鳴るしな。どう考えたって悪い癖だけどな。
このいやったらしい時代で、がんばっていい時代にしようって、本気で思ってるバカなんだ。誰もできないことすりゃ、そりゃ、多少は無茶なこともする。
仕方ないだろ?
でよ、これが三郎の最大危機になっちまった。
例の浅井・朝倉連合軍に勝ちはしたよ。
俗にいう、姉川の戦いさ。
勝つことは勝ったけどさ。
どの国にも三郎が怖いって思っちまった。
俺たちが若いころなら簡単だったさ。
「おう、三郎、腹減ったし喧嘩はやめようぜ」
「ああ、ヒデ。腹減ったな」
それで終わった。
けどよ、大人の世界はそれじゃあすまない。
三郎に怯えた奴らが、あちこちで立ち上がった。同盟っちゃ徳川軍だけさ。
だからよ、三郎のやつ、朝が弱いくせに無理して四六時中、戦いに戦い抜いた。それから、比叡山延暦寺を焼いちまったりもしてな。
明智光秀という男が、えりゃあ有能だったとよ、奴の手腕で延暦寺の事後処理したって、聞いた話だけどな。
俺もほとんど寝てねぇ。
信長の槍を担いで、走り回ったさ。
だからさ、つい、戦闘中に転んじまってもアホだと思わんでくれ。完全に失敗だったんだよ。
暑い夏の終わりの日だったしな。
息も切れて、それで、ふと立ち止まった瞬間に、つまづいて転んで、そいで起き上がったんだ。
そうしたら、ヒュンって音がして。
「三郎!」
矢がまっすぐに三郎めがけて飛んでいた。
俺よ、平凡な奴だしよ、そんなことするなんて思ってもなかったんだが、とっさだったんだよ。
なんでだろうな、矢の前に立っちまった。
なんだか、思ったんだよ、たぶん死なないって、当たるはずがないって。
「ヒデ!」
三郎が馬上からな、汗まみれの顔でこっちをにらんだよ。
あいつ、いつも先頭たって走るから、大将のくせによ、それ、若い頃から変わんなくてよ。危なっかしくってよ。
でよ、気づいたら矢が当たっていた。
急所に入ったって、こんだけ戦いに出てりゃあわかるよ。
こりゃ、急所だってな。
不思議なんだか、痛くねえ。
ぼうっとして目を開けたら、空が見えた。
カンカン照りの暑い日だった。
「ヒデ!」
ああ、三郎が叫んでる。でも、これでいいんだ。
俺よ、死ぬ気なんて全くないけどよ、でもよ・・・
戦で死んだら、俺の家族に禄がいく。
禄って財産だ。三郎はそういうとこ律儀な男なんだよ。
だから、俺、笑って死ねる。
ただちょっとな。ここが尾張じゃないことが残念なんだよ。
母ちゃんや父ちゃんより先に逝くって、そんな珍しいことでもないけどな。
けどよ、それにしても空は青いな。こんなに空って綺麗だったんか?
―――――つづく
*内容には事実を元にしたフィクションが含まれています。
*登場人物の年齢については不詳なことが多く、一般的に流通している年齢を書いています。
*歴史的内容については、一応、持っている資料などで確認していますが、間違っていましたらごめんなさい。
参考資料:#『信長公記』太田牛一著#『日本史』ルイス・フロイス著#『惟任退治記』大村由己著#『軍事の日本史』本郷和人著#『黄金の日本史』加藤廣著#『日本史のツボ』本郷和人著#『歴史の見かた』和歌森太郎著#『村上海賊の娘』和田竜著#『信長』坂口安吾著#『日本の歴史』杉山博著ほか多数
NHK大河ドラマ『麒麟がくる』
2020年1月〜