アメリッシュガーデン改

姑オババと私の物語をブログでつづり、ちいさなガーデンに・・・、な〜〜んて頑張ってます

新作小説『 陰陽師の呪縛 〜男を必ず落とす超モテ女の秘密〜』

 

新しい小説を公開します。お読みくださると、とても嬉しいです。

 

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 ジジジジジ……ジジッ–––––

 

 かすかに擦れ音を立て、塊となった蝋燭の芯が倒れる。炎がすうぅっとかき消え、あとに濡れたような闇が残った。

 

「東風が強うござりますな。蔀戸《しとみど》を下げてもよろしゅうございますか、お姫さま」

 

 蔀戸とは板造りの雨戸のようなもので、つっかえを取って下に落とせば、窓をおおい雨風をしのげる。

 

 今日は朝から雲が低くたちこめ、室内は昼なお薄暗い。
 午后からは、ことさら風が強くなった。都びとは、これは妖かしの祟りだと怯えたように噂している。

 

 深草の女房は、不吉な噂に苛立ちを覚え、そんな自分を持て余した。

 うわ目使いで姫をうかがう。

 

 姫は時の権力者、藤原兼家を父にもち、常は『兼家の娘』と呼ばれている。しかし、たとえ彼の娘であっても、実母の身分が低い姫、自分の出世は望めぬだろう。

 正妻や側女たちは富貴な出自ばかり。一方、姫の母親は、あろうことか貧民出とも聞き、藤原家での立場は弱い。

 

 ただ、悪いことばかりでもなかった。
 それは、姫の美しさだ。この美貌をもってすれば、道が開かれる可能性がわずかながらもあるかもしれない。

 女房はウツウツした気持ちを切り替え、蔀戸を下ろそうと、簀《す》の子縁ににじり寄る。


 と……、
 几帳の奥にいた姫が白い指で板張りの床を軽く弾いた。その音に、女房は動きを止める。

 

「いな。待ちや」

 

 なよなよとした可憐な容姿から想像もできない、意志の強い声が発せられた。腰を浮かせかけた女房は、半腰のまま振り返って几帳を開く。

 

 長い髪の間から、とがらせた赤い唇がのぞいている。
 姫は、ちらりと女房を確認して上半身を斜めに傾けた。サラサラと髪が落ち、きめ細かい肌にほんのりと上気した薄紅色の頬が隠れる。

 

 いつものように、もの憂げに眉をひそめているのだろう。
 この男心をくすぐる色香。手入れの行き届いた黒髪が扇状に広がる様は、一幅の唐絵のようだ。

 

 ただ、と、女房は思う。

 

 もし姫の瞳を真正面から覗き込む勇気があれば、この可憐な印象はかき消える。蝋で造作したような冷めた目。この切れ長の目を正視できる者は少ない。
 これまでも、その視線にぞっとすることが幾度もあった。

 

 強い意志を秘めた瞳のせいか、藤原の屋敷に引き取られた七歳の頃から、姫は妙に大人びて見えた。

 

 今では月のものもはじまり、いつ婿を迎えても良い年頃になっている。

 姫は、その美しさと聡明さで都でも評判となり、噂を聞きつけ求婚に訪れる貴公子は多い。
 しかし、誰も、まして兼家殿は、さらにご存じないだろう。
 姫は、おそらく、あの『後の月の宴』以来、陰陽師として名高い賀茂光栄《かものみつよし》をずっと慕っている。

 

 

 そう、あれはもう十年も前になる。
 姫は七歳だった。

 

 姫の母親は藤原兼家が一夜を過ごした素性の知れない女。妾でさえなかった女は、姫が七歳のとき自ら命を絶ち、残された姫は権力者である父に引き取られた。

 母の名は葛の葉、姫を産む前から妖狐という噂が絶えない女だった。兼家という人は豪胆な性格で、その噂を確かめると興にのったのだ。


 女のもとを、ただ一度、訪れただけで赤子が生まれた。生活の面倒は見ていたが、二度と訪れることはなかったと聞く。

 

「妖狐の娘ゆえ、あの異様な知恵を持つのであろうよ」と、口さがない女たちは噂する。

 

 確かに、貧しい女の娘が、幼い頃から古今東西の和歌に親しみ、漢文も読みこなす才媛とは……、驚くべきことにちがいない。

 

 不思議はそれだけではなかった。


 引き取られた当時、姫は、いっさい言葉を発することができなかったのだ。

 

 兼家は数名の医師に診せたが、理由がわからずみな首を横に振る。

 姫は口がきけないまま、しばし過ぎた頃だ。藤原家で秋に開かれる恒例の月を愛でる会が開かれた。

 

 天候に恵まれ、『後の月の宴』は、常より盛大なものになった。

 庭園の中心にある川に沿って宴席が設けられ、多くの公達が秋の月を愛でた。

 

 賀茂光栄が屋敷に招待されたのは、姫の声が出ないためであった。妖狐の呪詛にちがいないと家人たちが恐れたからだ。

 陰陽師としての賀茂光栄は、少年の頃から異彩を放つ男であった。

 

 彼は十八歳で陰陽家の最高責任者である陰陽頭に出世している。安倍晴明とは同門で、十八歳も年下。三十六歳になる晴明の兄弟子にあたる。

 

 陰陽家を継ぐ正式な跡取りで、類まれなる美麗な容姿。男女を問わず、見る者をときめかせるが、それに驕ることのない、まさに貴公子といえる男だ。千年にひとりの偉才と、取るに足らない女房でさえ知っていた。

 

「哀れにも声を失った幼子です。診ていただけますでしょうか?」と、幼い姫を仲立ちして兼家の正妻が頼んだ。

 

 宴に招かれた賀茂光栄は、「そうですか」と、短く応えた。

 

 秋であった。
 彼は姫をともない、月が映える秋の庭をそぞろ歩く。

 薄黄色の束帯を身につけた上背のある光栄、その隣を素直に付き従う桃色の汗衫で着飾った小柄な少女。

 

 近くの山に自生するモミジの葉が風で庭園に紛れ、銀色に輝く月明かりの下に、はらはらと舞い落ちてくる。

 興を添えるように、笛や笙の雅な音曲が聞こえる。

 

 庭に設えた池の橋を渡るふたりの姿は、モミジに彩られた映し絵のようで、居合わせた者すべてを魅了した。

 

 釣殿から眺めていた兼家は、ふたりが近づくと酒のはいったガラガラ声で問いかけた。

 

「どうじゃ。姫が口がきけぬ理由はわかったかな」

 

 賀茂光栄は、しばし黙り、それから、ぼそりとつぶやいた。

「この者は聖にもなり、鬼にもなる相をしております」
「それは、幼い姫の非凡さに対する褒めことばですな、ハハハ……。天下の陰陽師賀茂光栄殿にそのように言わしめるとは、兼家殿も鼻が高うございますな。

 

 おどけた公卿のひとりが、訳もなく幼子を褒め兼家におもねった。

 

「口がきけぬのか?」と、光栄が低い声で姫にたずねる。

 

 姫がゆっくりと顔をあげ、おじけもせず真正面から彼を見つめた。当代随一の美形といわれる彼に釘付けのようだ。その視線は不躾であり、影で付き従う深草の女房は気をもんだ。

 

「口がきけぬのか?」

 

 再び同じ言葉を口にして、さらに三度、彼は問うた。
 三度、姫は黙り、それから、視線を外した。

 

「いいえ」

 

 はじめて発した声はコロコロと空中を転がり、居合わせた貴人たちの耳をうるおしていく。

「おお、なんと、愛らしい声じゃ。成人したあかつきには、さぞや評判の姫になろうぞ」と、公達たちがどよめいた。

 

 その賞賛の声は、しかし、姫の心にまったく届かなかった。視線の先には光栄の姿しかうつしていなかった。

 

(つづく)

 

続きは『カクヨム』に書いております。お読みくださると、とても嬉しいです。

 

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