アメリッシュガーデン改

姑オババと私の物語をブログでつづり、ちいさなディズニーランドに・・・、な〜〜んて頑張ってます

『記憶の淵に立つメーガン』

お題「恋バナ」

検証ブログとしての短編小説です。人間の『記憶』をテーマに書いてます。楽しんでいただければ、とても嬉しいです。

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記憶の淵に立つメーガン

短編小説『記憶の淵に立つメーガン』

 

 太陽がぷっかりと海の端に浮んでいる。

 世界が闇に沈むのにもかかわらず、島の人びとは金色の夕暮れを美しいと言い交わす。メーガン以外は・・・

 

 メーガンは記憶の人であり、島人は忘却の人であるからだ。

「朝陽のほうが美しいのに、なぜ、大人は嫌うの」

 教室の窓から夕陽を眺めながらカイリにたずねた。19歳になった今も、その日の記憶はあざやかに蘇る。そのとき、カイリは眩しそうに顔を傾け、しばらくして、目を背けた。その横顔が大人びて凛々しかった。

「なにもかも忘れるからだよ。だから、大人は朝陽が嫌いなんだ。面倒だしさ」

「そんなもんなの」

「そんなもんさ」

 

 朝の目覚めとともに、人びとの記憶は砂時計の砂が落ちて行くように消えていく。さらさらと音を立てて消失する。それは苛立たしいことではあるが、普通のことでもある。だから、メモリア島の人びとにとって朝陽は呪いでしかなかった。

 朝陽を浴びながら、人びとはベッドの上で、昨日の記憶ノートを辿る。それは面倒で厄介な仕事だ。もし、昨日の記憶が子どもの頃のようにあれば、この面倒な作業は終わりにできる。しかし、そのことさえも、人びとは忘れる。そして、幸福だった。

 

 記憶を失う年齢を『思春期の祝福』と、島民は呼びならしている。

 第二次性徴が起きると同時に、人は前日の記憶を失うようになる。それがメモリア島の人びとにとっての『祝福』であり『呪い』でもある。

 昨日話したことを忘れる母に、子どもたちは戸惑う。

 

 ギムナジウムの先生は授業前に必ず同じ言葉を繰り返す。

「昨日の記憶を失うことは大人になるということなのです。ですから、今、読み書きの勉強をしなければ、あなた達は大人になったときに困ることになるでしょう。夜、眠る前に今日のことを書いておかなければ、明日の仕事はどうすればいいのでしょうか。お家の仕事を今のうちに覚えるのと同じくらい、文字を覚えることは大切な勉強なのです」

「先生」と、いたずらっ子のゲルがまぜ返したものだ。

「昨日も聞きました」

「そうですね。しかし、先生は覚えていないのです。昨日、あなたたちに言ったことを忘れています」

 そういうとき、先生は少しだけ哀しそうな目になる。子どもたちの記憶は鮮明でも、先生には昨日の記憶がないからだ。先生のメモには、毎日、授業のはじめに、この言葉を伝えると書いてある。子どもたちの記憶に残るように、そして、読み書きを覚えることは、今しかないということを叩き込むために。

 

 記憶を失うという事。それは大人になって、はじめて、どういう意味かを実感できる。知識というものは経験を伴ってこそ、真の意味で理解できるからだろう。

 大人になった人びとは、太陽が沈みはじめると仕事を終え、今日あったこと、明日に覚えていなければならないことを、ロウソクの炎の下でメモをする。そして、覚えていたくないことを記録しない。

『小麦粉がないから、管理官の家に知らせること』と、パン屋はメモする。

『ジャガイモ、ニンジン、タマネギが35個残っている』と、八百屋は書く。

 メモリア島の文字は簡潔で覚えやすい。なぜなら、難解な言葉を覚えるには思春期まででは難しいからだし、また必要もないからだ。

 

 幼い子どもたちは、急いで、急ぎすぎるくらい早く、大人たちから学び、親の仕事を覚える。

 時は川の流れより早く、子どもは一瞬で大人になる。仕事を覚えるには数年の猶予しかない。幼い経験があって、はじめて親の仕事を継ぐことができる。

 

 それは、なんて哀しいんだろうとメーガンは悩む。

 誰もが決まった仕事しかなく、それを疑問に思う記憶さえも失っていく。彼女以外は・・・。

 

「あなたはメーガンなの」

「ええ、ママ」

「そう、今日で幾つになったの?」と、毎朝のように母が聞いてくる。

母の知る彼女の顔は幼い。大人になった娘の顔がよくわからないのだろう。

「19歳」

「そう」

「そう」

「まだなの?」

「まだ……」

 母は困ったように微笑む。それから、優しく言う。

「いいのよ。心配しないで、あなたが大人になれるのも、すぐだから」

 それが気休めにしか過ぎないことを、メーガンは自覚しはじめていた。彼女はすでにギムナジウムに通っていない。同級生はすべて大人になり、先生はメーガンに教えることはもうない。だから、中途半端に家の仕事を継いでいる。

 

 メーガンの家は登録業を営んでいる。自宅は島の中心部の一角にあり、隣には倉庫がある。そこで島の人びとの名前を管理するのが家族の仕事である。

 倉庫の内部には、順番に分けた小箱が整然と並べられている。すべての島民の名前が、ここにある。それは神聖なものだった。おそらく、そうなのだろうとメーガンは考えている。

 

 島で子どもが生まれると、誰もがメーガンの家を訪れる。

 先日も母のもとに訪れた人がいる。

「子どもが生まれた。名前が必要です」と、彼女は告げる。

「あなたは何をしている人でしたか」

「塩屋だよ」

「ああ、海の近くの」

「そう」

「男の子ですか、女の子ですか?」

「女の子」

「わかりました。名前を紙に書きます程に。少しお待ちくだされ」

 両親の名前と生まれた日付、それから性別を書いた書類を手渡す。母は、それを丁寧に未決と書いた箱に入れる。

 名前は重要だ。

 島民が同時に同じ名前を持つことは許されない。名前は倉庫に保管した彼等の亡くなった祖先から選ぶ。それは明るい時間にしかできない仕事だ。なぜなら、倉庫にはロウソクの火を持ち込めない。火事が恐ろしいからだった。

 

 静かな倉庫は、いつも深淵を蓄えている。

 メーガンはこの倉庫のなかで高窓から漏れる陽射しに埃が舞うのを眺め、静謐な時間を過ごす。ここ以外に自分の居場所がない。他人と会うことを避けるに最も適した場所だった。

 なぜならメーガンは結婚して独立しているはずの年齢なのに、記憶を保つために、どこにも居場所がない。

 メーガンはいつも悲しかった。

 なぜなら、いつも過去の記憶に追いかけられているからだ。自分が化け物なのだと思うことさえあった。

 

 家業は兄が継ぎ、1歳年上の姉は結婚して家を出ている。メーガンは姉が嫌いだから、結婚が決まったときは嬉しかった。幼い頃から姉に対抗心を燃やして張り合った。なぜなら、姉は見栄っ張りで嘘つきで、どうしようもなく嫌味な存在だからだ。

 姉は学校の先生と結婚した。嫁ぎ先は家業に近い家の者とする必要があるからだ。家業と余りに違う職種の場合、仕事をすることが難しい。だから、メーガンの相手も事務的な仕事を継ぐ男の家になるだろう。姉のように教師とかで農家や商家は難しい。難しいはずだが、メーガンはできる。

 なぜなら、メーガンは記憶できるからだ。

 それがいつまで続くのか。メーガンには相談する相手がいない。悩むことのない、いや、悩みを日々忘れていく島民のなかで、メーガンだけが、前日から受け継いだ取り留めのない記憶に囚われている。

 

 中でも、最も切なく忘れられない記憶はカイリのことだった。

 12歳の頃、彼女は恋に落ちた。幼い故に真剣で純粋な、その年齢でしかできない恋をした。

 カイリは同級生だ。

 彼がギムナジウムの教室に入ってくるだけで、途端に全てが輝いて見えた。彼と話す訳ではない。話すことなどできるはずもない。誰かとカイリが笑いあう声が響くと、幸福と嫉妬で爆発しそうになった。口元にできる皺が優しげな、カイリ独特の笑顔を見ると胸の何かが騒ぎ、そして、息ができなくなる。

 

 あれは、ある秋の日だった。

 今、思い出しても自分の勇気に驚く、それは・・・。

 12歳の誕生日の前日、ギムナジウムへ向かう途中、カイリが背後から走って来て、「おはよう」と言ったときのことだ。

 いつもならメーガンは言葉を返すことができず、ただ、俯く。しかし、もう、おそらく時間はない。

 

 クラスに空席ができていた。

 

 17人の同級生のうち、まだ3人だが、『大人』になったのだ。

 いつ、カイリが大人になるか、あるいは、それがメーガンであるかはわからない。

 メーガンは顔を上げ、先を駈けて行くカイリに向かって、「おはよう」と叫んだ。その声は、思ったよりも大きく、朝靄がかかる静かな道に響いた。

 玄関先で水を打っていた女が顔を上げ、シギ鳥が大きく鳴き声を上げた。

「おはよう」

 カイリが言った。ちょっと驚いた表情で、それから、ニコッと笑った。

「おはよう」

 上気した声でメーガンも返した。

 その朝から、2人は少しずつ話すようになった。

「今日は、イトがいない。きっと、大人になったな」

 誰が教室に来ないかを教えることが、カイリの日課になった。

 イトはニキビに悩んでいた。大人びた話し方をして、マセた噂話が好きな女の子だった。

「どうして」

「病気じゃないよ」

「じゃあ」

「ああ、たぶんな」

 

 カイリは言葉数が少ない。それが、男らしくてメーガンには好もしい。もし、彼が饒舌(じょうぜつ)なら、きっと、魅力は半減しただろう。

 本当だろうか?

 メーガンにはわからない。カイリはカイリであり、だからこそ惹かれる。少なくともメーガンはそう感じた。カイリへの特別な感情。この気持ちを、いつか忘れるのだろうか?

 いや、幼い記憶は残る。だから、例え大人になっても、カイリのことを忘れることはないだろう。

 本当に?

 本当に忘れることはない?

 わからない・・・

 幼い頃に覚えた知識を記憶しても、感情が記憶に残るわけではないかもしれない。

 

 でも、と、幸福に爆発しそうになりながら、メーガンは考える。

 なんと私は幸せなのだろうか。世界のすべてを征服できたとしても、この満たされた感情には代え難い。カイリが近くでメーガンと話している。彼の熱い体温がすぐ近くにあり皮膚から伝染する。

 この瞬間、すべてはメーガンのためにあった。

 

 時は否応なく過ぎていく。

 

 ひとり、ふたりと、ギムナジウムから子どもたちが去って行く。1年も過ぎると、教室は空席が目立つようになった。まるで2人だけを残す儀式のように、そして、それは素晴らしい祝福のように。

 最後にはメーガンとカイリだけが教室に残っていた。

「絶対、君を忘れない」

 餓えた目でカイリが言う。

「決して、僕は、君を、忘れない」

「なにか証がほしい」

「証?」

「うん、大人になっても忘れない、二人だけの証」

 カイリがポケットから、小さなナイフを取り出した。

「痛くても大丈夫か」

「大丈夫」

 カイリはナイフで左腕に×と傷を付け、メーガンの同じ場所にも×を付けた。左腕から血が流れた。二人の血が重なって、地面にポトポトと落ちていく。

 痛みは苦痛よりも喜びを与えた。

 メーガンは幸福で死ねると思った。これほど感動できる自分に驚いた。

 

 そして・・・

 

 カイリが来なくなった。

 通学路を、どこまで歩いても、カイリが背後から追いかけてこない日が、ついに来た。

 不吉な予感におののきながら、メーガンはギムナジウムに向かう道を歩いた。

 

「きっと、なにか家ですることがあるんだ」

 メーガンはそう考えた。その考えを確実にするために、小石を蹴った。あの木に小石が当たれば、カイリが後ろから追ってくる。

 小石は砂埃を上げて、斜めに飛び、そして、木を逸れて岩に当たり、カランカランと泣いた。

「いえ、これは練習だから、今度が本番だから。今のは違うから」

 メーガンは強く祈って石を蹴った。

 石は、また外れた。

「今度こそ」

 メーガンは木の位置を正確に見極め、それから慎重に蹴った。

 

 石は、すっと軌跡を描いて、木のまん中に命中した。

 

 大丈夫だ。カイリは、もうすぐ来る。でも・・・、もし今の木が間違っていたら。

 そうだ、あの岩よ。あの岩に触れよう。そうすれば、カイリが来る。

 数日前にカイリと座った岩を思い出した。それは登校途中の森のなかにある四角い岩で、ふたりが腰かけるのにちょうど良い大きさだった。

 

 彼女は森に入り、四角い岩を探した。発見した時はほっとした。岩肌は朝靄に濡れ、冷たい。

 

 その瞬間、はっと気付いた。

 

 こんなことをしている間に、カイリがギムナジウムに来ているかもしれない。メーガンは慌てた。今頃、彼女がいないことを知り、カイリは悲しんでいるにちがいない。ひとり残されたと誤解しているにちがいない。

 学校に向かって全速力で走り、教室に入った。

 誰もいなかった。

 先生が顔をあげた。

「あなたは?」と、先生が言った。

「女の子だから、メーガンね」

 

 返事が喉元で消えた。

 

 カイリが大人になったのだ。大人になり、そして、日々を忘却のうちに生きていくのだ。

 

 それから、数年が過ぎた。

 成長し、大人の体になった彼女にカイリは気付かない。道ですれ違うと、まるで初対面の人に対するように彼は挨拶をする。

 19歳のメーガンは寂しそうな表情を浮かべ、「こんにちは、カイリ」と返事をする。

 カイリは穏やかに微笑み、初対面の人に名前を呼ばれたことに戸惑いを覚えた表情を、一瞬だけ浮かべる。

 

 メモリア島の人々は、大人になると記憶を失う。そして、幸せだった。

 

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