
(前回までのあらすじ:1573年、信長が天下を狙う時代。オババとアメリッシュは意識が飛び、戦国時代の母娘のアバターとなった。生きるため兵隊になった2人は、鉄砲足軽隊として他の5人の仲間とともに古川久兵衛の配下になり槇島城の戦いに参加。室町幕府の終焉をみる)
織田信長という漢(おとこ)
織田信長の戦いに楽なものなどなかった。
1573年、信長は足下がグラグラしていることに気づいただろうか。
彼が自分の物語として選んだ天下統一。そこに近ずくにつれ、周囲すべてが敵にまわった。それは想定内だったろうか。
いや、決してそうではないと思う。
彼は常に裏切られ続け、その度に
なぜだ!
と激怒した。
つまり、理解できてなかったのだ。
どんなに誓いをかわし、どんなに信じたくても誰もが裏切る。
なぜ彼らが裏切りに走るのか、とんと理解できなかった。
そして、最後の最後の段階になってはじめて、『本能寺の変』で明智光秀に攻められたとき、人というものの絶望的な行動を理解したのかもしれない。
「是非に及ばず」(いいも悪いもない)
この言葉を最後に残して彼は戦い、自害したと伝えられている。
信長の裏切られ人生をみると、時に敵のほうが優しいくらいだと思う。
家督相続では、弟の裏切りから始まった。
「父上と呼ばせていただきたい」
ひざまづいた足利義昭は影で仲間を集め、命を狙ってきたことは1度どころではない。
「兄と呼ばせていただきたい」
最愛の美しい妹を嫁にやった浅井長政が、こう語ったとき、それは本心だったろう。
しかし、その先で彼も裏切ったのだ。彼を好きだっただけに信長の驚きは激しかった。裏切りの一報を信長は2度聞き直したのは、おそらく後にも先にもこの時だけ。
「まことか」と、彼は苦渋を滲ませながら聞いた。
人間とは信頼できない。どこまで信頼できないのか。
信長は痛切に考えたにちがいない。
なぜなら、彼は裏切らなかったからだ。ある意味、実直な男だった。義父であった斎藤道三が攻められたときにも、必死に助けに向かった。
史実を検証してみても、味方になった相手を裏切った例がない。
だから、いい加減、心が折れても不思議じゃないと思う。
私なら速攻で折れてるし、天下統一なんて仕事、投げ出したくなる。
ここが不思議なのだ。
もし、織田信長が天下統一目前にして、もうや〜〜めた。
そう宣言したら、どうなるのか。
それでも殺されたのか、それとも生き延びたのか。
こうした歴史のタラレバは無意味だろうが・・・
ともかく、信長は頑張った。
知識をフル活動して緻密な戦略をとり、まず、できることから一歩一歩解決していった。
私は、現代に伝わっているように信長という男がせっかちだったとか、傲慢だったとか考えない。
彼一人が先を見据える目を持っていたのだ。その目標に向かって、目の前のことからスピードを重視して片付けていく。
ほら、忙しいときに、膨大な仕事量で目前が真っ暗になりそうなとき、まず目前の課題からひとつずつ片付けていくように、彼は少しずつ自分の信じる方向へ向かった。
さて、1573年が厳しい時であったのは、信長包囲網が完成したからだ。
西に将軍足利義昭と、その先に毛利家。
北に朝倉と浅井、その先には上杉謙信。
東に武田信玄。
まさしく敵ばかりに囲まれた危機的な状況だった。
これをビジネスに例えてみると、企業がシェアを拡大して業界ナンバー1の地位に手が届きそうなとき、俄然、周囲の同企業から反発が大きくなる。この時、企業経営者はまず最大のライバルから倒すのか。
信長の戦略は違った。
まず、一番、簡単なのから個々に叩いた。
1番手に選んだのが将軍家足利義昭。
信長は完膚なきまで叩いた。室町幕府を終焉させることで、それぞれの戦国大名の名目を奪うことができると同時に、義昭が一番楽な敵であったからだ。
次に、彼は朝倉&浅井同盟に取り掛かった。
これが、これから戦いとなる小谷城の戦いである。
小谷城の戦い
「おうよ、行くぞ」と、鎧を脱ぎ、やつれた格好をした古川久兵衛が家に入ってきた。
私たち7人。鉄砲足軽ホ隊は1日前に槇島城の戦いから戻っていた。坂本城下の二ノ丸に建つ長屋2棟が私たちの新しい住居で、そこで休んでいた。
これまでの壁もない大部屋に雑魚寝していた頃に比べれば、大きな出世だった。
「どこへや」
「おカネおマチとテンを借りてく」
え? 私とオババと、それからテン、なぜ?
「他は?」と、トミが聞いた。
「すぐにまた戦いが始まる。それまで鉄砲の練習して体を休めとけよ」と言ったとき、奥から声がした。
「行かん」
テンの声だ。
「ほ? どうしてだ」
返事はない。
「私が行きたい」と、そこへヨシが割り込んできた。その声に少し甘えが滲んでいる。
いつもの嫌味な彼女ではなく、なんとなく女。
私、思わず彼女の顔を見た。日焼けした頬が赤らんでいる。
宇治川で溺れるところを助けられ、まさか、まっさか・・・、ヨシは恋をしたのか?
まさかじゃない。
たぶんその通りだ。あの日にみた表情、槇島城での戦い前に野で休んでいたとき、久兵衛に寄りかかった姿は、どこか艶めいてみえた。
ふふふ、ヨシよ。
嫌味女も恋をするとかわいいな。
「いや、だめだ。テンだ」
「なんでよぅ♡」
うわぁー、見てらんない。このふたりできてる。そして、ヨシ、この雰囲気からして遊ばれたか。いや、久兵衛、お前のほうは自覚ないのか。
「トミ、どうしてもテンが必要だ一緒に行けと言ってくれ」
「おカネおマチは?」と、トミが聞いた。
「彼女たちの知恵とテンの武が必要になるんだ」
「なんでマチよ」とヨシが甘え、そして、私を睨んでる。
え? 私か? というより、マチか。
確かにマチは若くてかわいいが、それにしても私はマチじゃないし久兵衛に興味もない。
興味なんか持ったらオババが怖いぞ、姑だし。
「なんで」とヨシが言った瞬間、ふっと風が横を通り過ぎた。
「テン!」
トミがするどく叫んだ。
その声と同時に、いつもテンが背後に隠しているナイフが久兵衛の首元にあった。
「私はトミとしか組まない」
「なるほどな」
余裕をみせた声で久兵衛は言った。
「じゃ、トミも来い」
「へ」
「ま、道中に話すが。だからテンよ、聞こえたか。離してくれないか」
テンの表情は変わらない。
「あのな、明智さまは、京の所司代の仕事が大変でな。ちと野暮用を頼まれた。男どもと行くより女連れのほうが怪しまれんでな。夫婦と子どもにお婆さん連れという格好だが、ヨシ、お前は残れ」
「だって」
「危険な旅だ。ここにいてくれたほうが、俺は嬉しい、それにな、もし子を宿していたら無事に産んでほしい」
え? ええ? えええ?
いつのまに。そんな関係になっていた。
いや、もう、戦国時代、手が早いぞ。
「俺は嬉しい、わかるな」
こくりとうなずいたヨシの目がいってる。
わぉ、こいつは、この男は間違いなく戦国のメンヘラ製造機だ! 女をダメにする男だ。
「斎藤利三さまから密命だ」
斎藤利三、明智光秀の家老を務める重鎮だ、足軽小頭レベルで話ができる相手ではない。おそらく、その配下からだろうが。
「手柄を立てるぞ。いつか、うまいもの、しこたま食える身分にしてやる」
「密命?」
「ああ、密偵ともいう。だから女づれで目立たんように行く」
「どこへ」
「小松城だ」
小松城・・・、確か朝倉の城のはず。そうか、これは小松城の戦い前なんだ。
私ははっとして彼を見た。
「どうした、巫女どの、なにかご宣託がおりたか」
「いや」
古川久兵衛、いったい彼は何者だ。もしかして、歴史に名を残しているのか。なんとなく名前を聞いたことがあるような。
ああ、Google検索したい。そうすれば、すぐわかるのに。
その日、私たちは農民の格好で旅に出ることになった。
・・・つづく
登場人物
オババ:私の姑。カネという1573年農民の40代のアバターとして戦国時代に転生
私:アメリッシュ。マチという1573年農民の20代のアバターとして戦国時代に転生
トミ:1573年に生きる農民生まれ。明智光秀に仕える鉄砲足軽ホ隊の頭
ハマ:13歳の子ども鉄砲足軽ホ隊
カズ:心優しく大人しい鉄砲足軽ホ隊。19歳
ヨシ:貧しい元士族の織田に滅ぼされた家の娘。鉄砲足軽ホ隊
テン:ナイフ剣技に優れた美しい謎の女。鉄砲足軽ホ隊
古川久兵衛:足軽小頭(鉄砲足軽隊小頭)。鉄砲足軽ホ隊を配下にした明智光秀の家来
*内容は歴史的事実を元にしたフィクションです。
*歴史上の登場人物の年齢については不詳なことが多く、一般的に流通している年齢などで書いています。
*歴史的内容については、一応、持っている資料などで確認していますが、間違っていましたらごめんなさい。
参考資料:#『信長公記』太田牛一著#『日本史』ルイス・フロイス著#『惟任退治記』大村由己著#『軍事の日本史』本郷和人著#『黄金の日本史』加藤廣著#『日本史のツボ』本郷和人著#『歴史の見かた』和歌森太郎著#『村上海賊の娘』和田竜著#『信長』坂口安吾著#『日本の歴史』杉山博著#『雑兵足軽たちの戦い』東郷隆著#『骨が語る日本史』鈴木尚著(馬場悠男解説)#『夜這いの民俗学』赤松啓介著ほか多数
大河ドラマ『麒麟がくる』パシフィコ横浜ほかイベント多数
12月2日より
岐阜県、滋賀県大津市、京都府亀岡市や福知山市などで構成される『大河ドラマ「麒麟がくる」岐阜滋賀京都連携協議会』。この明智光秀ゆかりの地では、岐阜、滋賀、京都をめぐる観光ポータルサイトを公開しました。
12月21日、22日
パシフィコ横浜にて「お城EXPO2019」開催されます。
今、大河ドラマ『麒麟がくる』を盛り上げようと、さまざまなイベントがありますが、しかし、1月19日に初回公開がずれたことにより、盛り下がるイベントもあって。
岐阜市と可児市で開催予定であった『「麒麟がくる」初回放送パブリックビューイング&トークイベント』は開催できなくなったようです。
それにしても、地方のイベント名、どいつもこいつも、すごく長い。
なんとなく、お察し。