登場人物:オババとは私の姑。ディズニー狂で元気一杯の76歳。【結婚と毒親】シリーズでは、多くのオババファンができました。そして、今回は戦国時代に意識だけが飛び、他人の身体で生きるオババ&アメリッシュのお話です。
1573年8月(元亀3年9月)
近江、小谷城(おだにじょう)にて
馬上からオババの檄が飛んだ。
「古来より近江を制するものは天下を制す!
皆の者! 臆するな、敵は朝倉義景ただ一人! 首をとるぞ!」
「おう!!」
オババ軍団、7名の女だけで構成された飛び道具隊は、どの顔も泥で汚れ、日に焼けていた。
そして、その一人、私は手に持つ火縄銃を持て余しながら、なぜか走っている。やけくそで泥と汗と血の戦場を走っていた。
「おっし! ここじゃ、ここを陣地として、死守するぞ」
「おう!」
なんで、オババ、そんなに意気揚々と気勢をあげてるって。
そんな場合じゃないでしょって、私、もう、この事態がね、全く信じられない。
そして、なぜ、オババとアメリッシュが火縄銃持って走っているかって?
え? なんかの戦国武将イベントかって?
あなたさ、平和な日本に生きてるよね。それ幸せだから。あなたが考えている以上に幸せなことだよ・・・
さて、話は3ヶ月ほど前まで遡る。
ひなびた小屋から悪夢のはじまり、それはそれは、ありえない状況だったんだ。
あの日、徐々に意識が戻ったけど、今から考えれば戻りたくなかった。
体が重くてだるい。低血圧の私は朝が苦手で、だから、ぼぅ〜と・・
いや、違う、なんか違う。なにこの体調?
むっちゃ爽快な目覚め!
これまで生きてきて、こんな気持ちの良い目覚めは経験したことがなく、その上に体が軽い。
なにかがおかしいってすぐ思った。奇妙だ。これは、いっそ、なにかの病気か? 爽快病か?
目覚めるまえに、すでに違和感ありまくりでした。
目を開けたくないって思った。こんな慣れない爽快な目覚めで。
低血圧は低血圧らしく、朝は辛いのって言い訳して、怠けなきゃいけないんだ。その使命感にも似た思いで偏頭痛を呼んでみたが返事がない。
なんとも気持ちのいい感じなのだ。
それで片目を開けてみた。天井に古びた木の梁があり、寝返ると何かに当たった。
あ、ありえん!
ぜったいに、ありえん!!
なに、この、ひなび過ぎた、てか、ひなびたを通りこした壊れかけの場所は、ぜったいに廃屋だ。その上に、床は硬い木材の板で、それもかなり痛んでいる。板でイタってダジャレ考えてる場合じゃない。
「目覚めたか!」
声がして、飛び起きた。
おっと、勢い余りつんのめりそう。私の体、動きが良すぎるって。
で、他人の気配に振り向くと、白髪交じりの女が土間に立っており、こちらを険しい目でにらんでいる。ひどく汚れた古い着物。
とっさに誘拐されたって思ったね。
この女が誘拐したんだって。
その時、土間の左側からパチパチと音がして、薪が燃える香ばしい匂いに気づいた。カマド? あれ、カマドじゃない?
「わ、わたしを、私を誘拐したって、得にはならないから!」
老婆はいきなり吹き出した。
「誘拐! こっちが言いたいわ。名前」
「な、名前って、個人情報つかんで、オレオレ詐欺ですか」
「まちがいないな。その素っ頓狂な受け答え、ものすごく馴染みがある。アメリッシュか」
「そ、そうだから」
あっ、し、失敗した、自分の名前を明かしちまった。
「なぜ、知ってる、誘拐犯」
「わたしは誘拐犯ではない。そして、私はあんたの姑だ」
「へ?」
「オババじゃ」
ないないないないない
今、話しているのがオババ?
ぜったい違う。確信を持って言える。この目の前のおばさんはオババじゃない。超ディズニーオタクの方向性を間違ってる姑とは外見が違う。
オババはもっと年上で。
確かに目前の女は白髪交じりだし、顔は日に焼け真っ黒でシワが多く老女に見えなくもない。
しかし、お判りになるだろうか?
76歳の女と、50才前で老けて見える女の差というもの。それが今、眼前にいる、オババと名乗る女なんで。
もっと年齢を下げるとわかりやすいかも。例えば、20代で老けて見える女性と、50代で若く見える女性とは、それは似て非なるものなのだと思う。
どうしようもなく、年齢は体全体や顔に現れ、どんなに若く見えようとも、それは隠し難いものなんだよ、女性諸君。怒らんでくれな。
自戒を込めて書いてるんだから、若見えしても、どっかに年齢が現れてるんだ。若く見えると、実際に若いは違うって。ことによっちゃ地球規模の距離が、その間には存在してる。
だから、はっきり言える。
目前の老女に見える女はオババじゃないし、さらに言えば顔が違う。身長も低いし、体つきは若い頃から労働に明け暮れたように筋肉質で、
オババはママさんバレーをして、スポーツ大好きだから、なにかと元気だったけど、これほど鍛え抜かれた体型はしていない。
「あなたがオババさまのはずがありません!」
「自分でもそうありたいよ」
「そのお姿、まるで違うし」
「自分の顔を見たのか」
「私の」
「ほら、そこの水亀をのぞいてみればわかる。腰をぬかさんようにな」
土間に置かれた黒光りする大きなツボがあった。
で、私ね、どうしようか迷って、それから、おずおずとツボをのぞいてみたんだ。
いやいやいや・・・
で、もう一度、のぞいてみた。
いやいやいや・・・
「あなた、アメリッシュか」
「そ、そうですが、あの、こ、この、この顔」
「そういうことだ」
「その顔がアメなら、私はオババ」
いやいやいや・・・
「アメよ。現実を受け入れよ。陸といえば!」
「ディズニーランド! では、海と言えば!」
「ディズニシー!」
「お、お、オババ? もし、あなたがオババさまとして、わかったことがあります」
「なんじゃ」
「夢です」
「は?」
「今、私はとてつもない夢を見ているようです」
「ほほう」
なぜって、ツボの水面にぼやけて映る顔、私じゃないんです。
真っ黒に日焼けした平ぺったい大きな顔。でも、若い。
20代くらいか。
え? 今さら20代に戻った?
それ嬉しいかもって、喜んでる場合じゃないし、どうせ夢なら絶世の美女がよかったし。でも、まあ、かわいい部類の顔かも・・・、なんてなこと、おっとりと考えてる場合じゃない。
「ぎゃ! なにするんですか」
オババを名乗る女に、いきなり頬をつねられました。
「痛いだろう」
「痛いです」
「夢じゃない」
「痛みのある夢とか」
オババが唇の端をあげて微笑んだ。この笑みはオババの癖。ハリソンフォード好きから、彼に似せてオババがよくする笑いかただ。
「これが夢だとしよう、それで、どうする」
「夢で、だから、覚めりゃいいんです」
「どうやって」
どうやって?
あまりに現実的に感じるこの状況。夢のようなあやふやさがない。
たとえば、夢だったら、空を飛んでいたが、次の瞬間、地上にいたりするのだけど・・・
とりあえず、その場でジャンプしてみた。
足でドンドンと土間を叩くと、リアルに音がして、その音とともに、土間の冷たさが足裏に伝わってくるだけ。
「何がしたいか理解できないのだが」
「ジャンプして見たんです」
「なぜ」
「夢だったら、地中に潜るとか・・・」
オババが首を振った。
「じゃあ、ここはどこでしょうか・・・、えっと夢としてですが」
「ここは、どこ。というより、ここは何年かだ」
「何年?」
「先ほど、まだ、アメが眠っている間に外の様子を見てきた。遠くに、かなり大きな湖が見えた」
「湖、日本で湖といえば、箱根の芦ノ湖とか、富士の河口湖とか、大きいといえば琵琶湖」
「湖の向こう側にある山の地形から琵琶湖のように思えるが」
琵琶湖・・・って。滋賀県ってこと?
それにしても暗い。目覚めたときも薄暗かったが、外から太陽光が少し射していた。いつのまにか太陽が沈んだのだろう。
土間のカマドの火しか明かりがない。
「明かりのスイッチはどこかにあるんでしょうか」
「探したがないのです」
「ない。どんだけ、田舎ですか、ここ」
「でな、先ほど外を見たが、電信柱が1本もなかった。ないどころか、車が走る道路もない。ここが琵琶湖の近くだとして、今、外に出てみれば街灯の明かりか、家の照明の光が見えるはずだ」
「そ、そうですね。とりあえず、明かりを探して、助けを」
「そうだな」
一歩、外に出ると満月だった。
月の明かりで暗さに慣れた目は周囲がよく見える。
そういえば、メガネもコンタクトもないのに、はっきりと見えることに気づいた。
これ、視力が回復した?
コンタクトは0.8度に合わせていたが、今の視界は2.0以上のようだ。
とんでもなく、外の景色が鮮明なんだ。
さびれた掘っ立て小屋から出て少し歩くと、すぐに視界が開けた。立っている場所は高台に位置しているようで、そこから湖がみえる。
オババと名乗る老女が言うように月明かりが湖を照らし、キラキラと輝いている。
「きれいですね」
「そこ」
「いえ、でも、ほんとに美しい景色で。何もないし、建物もなにも。あ、ほら、あちらにお城のようなシルエットが見えますが」
「気づかないか」
「何をでしょうか」
「少なくとも、琵琶湖周辺の道路には街灯があるはず・・・、しかし」
「た、確かに」
月明かりで見える湖以外、周囲は漆黒。
なにもない。文明の明かりがない。
膝がガクガクして、その場にしゃがみこみそうな気分になった。
「夢です」
「わかった。で、夢として、今はいつなんだ」
「いつ・・・、ここは、どこ」
「私は誰って言ったら、殴る」
50代に見えるオババと20代に見える私は、どのくらい、その場で呆然としていただろうか。
肌寒くなって小屋に戻ることにした。
そのとき、はじめて自分の服装に気づいた。
古い汚れた着物を身につけただけで、足は裸足。それで土の地面を歩いているのだ。枯れ枝を踏んで痛いはずなのに、それほど感じない。
しゃがんで足の裏にふれると、鋼鉄かってほど硬い。
裸足の足が、こうした道に慣れているんだ。
小屋に戻って、木の扉を開けると、まだ、カマドの火は残っていた。
「ここはあったかい。さっき、気づきましたが、咲いている花が春のようです」
「季節は春だろう、そう、確かにそう思う」
「昨日は、2019年の11月14日でした」
「そうだ、秋だったが、今は春」
「ど、どういうことでしょうか」
「わかるはずがない」
と、その瞬間、いやな気配がした。
「オババ!」
「ああ」
声に呼応するかのように、暗闇から男が、ぬっとあらわれた・・・
髭面で髪がざんぱら、なに、この薄汚い男は。
男は下卑た顔で笑った。
「へへへ」と、口元を歪ませた。
欲望に眩んでいる目。
ああ、なんちゅうこと、これって、まさかの強姦魔か?
いや、ないでしょう。
てか、次の瞬間、男が襲いかかってきたんだ・・・
え? マジですか、いきなりレイプですか?
なにこれ、ダメ、ムリ。
奇妙な世界で、いきなりのレイプ?
ぎゃーー!!
・・・つづく
参考資料:#『信長公記』太田牛一著#『日本史』ルイス・フロイス著#『惟任退治記』大村由己著#『軍事の日本史』本郷和人著#『黄金の日本史』加藤廣著#『日本史のツボ』本郷和人著#『歴史の見かた』和歌森太郎著#『村上海賊の娘』和田竜著#『信長』坂口安吾著#『日本の歴史』杉山博著#『雑兵足軽たちの戦い』東郷隆著#『骨が語る日本史』鈴木尚著(馬場悠男解説)ほか多数
映画『幼女戦記』
2019年公開
原作:カルロ・ゼン
「最前線にて幼女は嗤うー」
【簡単なあらすじ】
合理主義のエリートサラリーマンが戦乱の異次元世界に転生した。その姿は孤児で9歳の少女ターニャ・デグレチャフ。
第1次と第2次の欧州戦乱のような世界で、彼女(彼)は、ラインの悪魔と呼ばれる魔道戦闘士として活躍します。
彼女の行動原理は、善悪や道徳を基準とせず、合理的な計算と数値です。人の感情ですらコストと考える合理性。新しいタイプのヒロインです。
劇場版『幼女戦記』スペシャルイベント〜第203航空魔導大隊祝賀会〜が
11月30日18時から東京、山野ホールで開催されます。
悠木 碧(ターニャ・デグレチャフ 役)
三木眞一郎(レルゲン 役)
戸松 遥(メアリー 役)
チケット8000円。