【結婚と毒親 9】シャーロックだってアイリーンだって、手を焼くだろう普通の人の普通の問題には
《オババ》私の姑、ディズニーオタク。
《叔母》普段はおとなしい人だが、実はヒステリー性障害を患う。娘を溺愛し結婚に反対するオババの妹。
《優ちゃん》叔母のひとり娘。39歳。婚活アプリで知り合った太郎と熱愛中。
《太郎》35歳。高校時代に親を亡くし、一人で農家を切り盛する中卒の勤労青年。
🔴 🔴 🔴
いや、もう、大変な状況ってわかっているけど
叔母はヒステリー性症候群を起こして救急搬送され
自立をどっかに置いて39歳になったイトコは、嫁に行く気満々だし
相手の太郎くんは目が眩んでいるし
どうも叔母は本気モードで優ちゃんの結婚を邪魔するつもりです。
失恋した女性が自殺をほのめかして、ためらい傷で男に詰め寄る勢いで救急搬送されている。
普通の人である私には、こういうこと普通じゃないから。
ドラマとか映画なら、2時間ほどで解決できる問題も現実世界では長引く。
いい加減、病院に3時間以上いるわけで、これ、映画なら大作だから、制作側も予算考えようって、現場サイドに確認するレベルだから。
とりあえずは、世俗の決まりっていう現実問題もあるわけで
入院するための手配とか、書類に煩わされるし
「うわーー、アメリッシュさん、書類を書くの上手」って優ちゃんが喜ぶ横で夜の外来受付で手続きしてきました。
優ちゃん、無邪気で素直で、はっ倒したくなるほどで、
そういう優ちゃんを可愛いなあって目線で太郎くんが見ていて、
君たち、いいかげん浮世離れしている!
いいか、太郎、いつでもどこでもアメリッシュは今だけだから。
これから書類書くのは、君だから。
現実って面倒なんだよ。書類ひとつも面倒なもんなんだ。高額治療だと役所に届けたり、もう、煩雑なこといっぱいなんだよ。
これが、ドラマや映画なら、そういうの全てすっ飛ばして、
殺人の一つでも起きてくるんだけど。
それでもってシャーロックとワトスン、名探偵とボンクラというコンビが出てきて、なんやかんや解決してエンドマークが、とりあえず1時間か2時間でくるわけで。
ところで、アメリッシュ家の場合、オババと私?
名探偵の代名詞、それはシャーロック不肖、わたくしめが!
その立ち位置だけは譲れないから。
その能力はないけど、そこには譲れない戦いがあるんだから!
太郎くんのズボンにくっついた白い糸くずをみて、掃除をしてないのかな。
なんて推理じゃボンクラ側になっちまう。
シャーロックなら、ズボンだけで年齢、職業、性格から、食事内容、既往歴まで見事に推理する。
ま、推理の必要があるかってことだけど。
本人に聞けばいいだけだけど。
ともかく、推理の天才で、そこが魅力的であります。
「SHERLOCK/シャーロック」のカンパーチッチ。狂気じみた視線で人を見下して、フンっとばかりに、すべてのしがらみを僕には関係ないと、吹き飛ばす、その潔さ。
私、ないから。
ところで、叔母は1日入院することを選びました。しかるに医者に聞かれても気絶した経緯がはっきりしない。
「いったい、なにがあったの」とオババが問い詰めました。
「わたし、病院に、どうして、いるの?」
と、叔母。思いっきりすっとぼけています。
これが、またヒステリー性障害の病気の一つであるようで、一定期間の記憶を失うんだそうです。
「ここは病院よ、だから何があったの?」
「なにがって、優ちゃんは? 優ちゃんなら知っているはずよ」
全員の視線が優ちゃんに集まりました。
優ちゃん、いつもの穏やかな微笑みをうかべ、またすっとぼけた答えをします。
「ママ、どうしたの?」
「お医者さまがね、なぜ、家で倒れたのかって、何があったのかしら」
「あのね、ママ。ママが準備していたの、夕食の」
「そう、それで」
「ママ、今日の夕食は煮物にしようかって、だから芋の皮をむいて」
説明、そっから?
夕食の準備からはじめるんかい。
里芋の剥き方からかい。
優ちゃん経験値が高い私にはシャーロックじゃなくても今後の展開は推理できました。
鍋で煮たものがあっての、ご飯を炊いたりという話がずっと続いての、その次に、お箸を置いてからの、それからの、美味しかったのは何って、感想に。
一晩かかっても叔母の卒倒まで辿りつかない。
ムチじゃ! シャーロック、私にムチくれい!
ほら、「SHERLOCK/シャーロック」で実験とかいって、死体をムチで叩いていたろう。あの使い古しでいいから。
馬を走らせるにはムチが必要なん。
このままでは、卒倒原因を突き止めるまえに事件が終わるから。
面会時間過ぎてますからって、看護師さんに嫌な顔をされるから。
いや、きっと、優しいのんち (id:nonchi1010)さんが看護師さんなら嫌な顔しないのだろうけど。
オババは、って顔で見ると、なぜか太郎くんを見てました。
その視線を追って、私も太郎くんを見ました。
彼、無表情で、考え深げに立っています。
叔母の視界から外れた場所で立っています。
太郎くん、息を吸い込み、言葉を発しようとした瞬間、オババと私が同時に動きました。
「あの」という声に、顔の向きを変えようとした叔母に、オババが強引に覆いかぶさり、
とっさに、私、映画『卒業』のダスティン・ホフマンが教会から花嫁かっさらうように、太郎の手を取り、病室から逃げました。
「ちょっと、別の場所でお話ししたいことがあります」
廊下でポカンとする太郎くんに、まるで経験豊かな相談員みたく言っちゃたんです。
でもって、なんの考えもなかったわけで、ただ叔母の注意から逸らしたかっただけが、まさかの相談員であります。
太郎くん、(それで何でしょうか?)みたいな純粋な目で見てきます。
まあ、なんの別の場所も、なんのお話も用意してなかったわけで、
アイリーン!って、心のなかで叫びました。
「SHERLOCK/シャーロック」は傑作だと思っていいますが、なかで最高作品はアイリーン・アドラーの回です、個人的には。
もうこの女、最高なんです。機略に富む女としてドイルの原作でさえ特別な女として描かれています。ただ一人、名探偵を出し抜いた女としても有名です。
「SHERLOCK/シャーロック」のシャーロックも彼女のこと、『あの女』と、口元を緩ませながら呼んでいます。
その時の英語が、The womanなんであり、a womanじゃないんですね。
このニュアンスにしびれました。
英語の冠詞theとaでは意味が違ってきます。
aを使えば一般的なという意味を含み、この場合、女性全般を示します。
theは特定という意味になり、アイリーン・アドラーは彼にとって特別な女なんです。
もうヤケクソでアドラーみたく魔性の女になって、「じゃ」って去っていき、謎を残す女になっちまったらどうだ。
遠くをみました。
ここ、魔性の女、必要な場面?
ため息とともに、私、聞きました。
「喉、乾きませんか?」