薔薇咲く庭に憧れました【その2】
ブログを始めた頃に、モッコウバラについて書きました。
もう、随分と昔に思えますが、まだ3週間も経ていない。時間の早さに驚きます。
「不思議よね」と、悪友に聞くと
「君の不思議は、普通の常識」ときた。
「そこで、標語かい。いやいや、これは間違いなく世界常識で不思議。時間の経過が早すぎる。早すぎて、ついていけない」
「年を取ったというだけのことよ。思い出せ。10代の1時間だ。退屈な、あの文法のA教授の、あの授業」
「た、たしかに、あの1限だけで、漫画を2冊読み切り、時間が遅すぎて近くの師匠の頭に紙くずを投げ、それでも終わりがないので、このまま老人になるかと思ったわ」
「そういうことだ。10代は時間がゆっくりと流れる。20代はまだまだ。しかし、30代を超えるあたりから加速する。40代では、体感時間は新幹線に乗った気分だ」
「50代は航空機か? じゃあ、60代になったらどうなる」
「おそらく宇宙ロケット並みだな。その先は・・・」
「で、モッコウバラさ」
「いつも通りの平常運転かい。脈絡なく話が飛んで埼玉。良い性格だ」
「ありがと」
「皮肉だから」
「例の198円のモッコウバラ。根付きがよくて、大いに茂っているので、性懲りも無く2年目に、もう1鉢、198円で買った子のことだけど」
「無視かい」
「たった1年で、たくさんの蕾をつけている!!!!!! 近くにいたら、嬉しすぎて抱きついた」
「遠くにいて良かったと、ほっとしてよろけた」
悪友は、昔から覚めた女であります。実は、この友、昔は(ここで昔と強調すると、きっと拗ねる。怒りのラインは受け付けよう! Yよ)とても美しかった。
かわいいというより美形で、駅のプラットフォームでいきなりバラの花束を捧げられるなど、美人逸話には事欠かない。本人はいたって冷静で、やはり覚めた女であった。そういえば、あの若造、どうなったであろうな、師匠。
「あの198円の枯れかけで買ったポットモノで、鉢植えで、おまけに家の北西側フェンスに置いた、およそ大事にしているとは言い難い黄モッコウか」
「詳細な説明ありがとうござい」
「でかしたな」
「はっ!」
ふふふ、げんさん、蕾がついてますよ!! なんと1年で、昨年の5月に鉢に植え付け、それも家の北側という、これ以上はない悪条件にも関わらず、たくさんの蕾がついているのです! うれしいです。
と、このブログを書いているとき、さまざまなブロ友のモッコウバラが咲いたという内容を読んだ。なんだか、負けている気がするのは気のせいか。
「いんや、気のせいじゃない!」
「師匠。そこんとこは、大丈夫だと慰めるところ」
「うんうん、大丈夫、ぜったい蕾だけで終わるということはない・・・はずだ」
「逆に、心配になった」